「べらぼう」あらすじとライターのつぶやき

べらぼう25話-①「灰の雨降る日本橋」 - ホームメイト

文字サイズ
こんにちは!刀剣ワールドライター・あやめです。2025年(令和7年)6月29日(日曜日)にNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」(つたじゅうえいがのゆめばなし)の第25話「灰の雨降る日本橋」(はいのあめふるにほんばし)が放映されました。浅間山の大噴火、「蔦屋重三郎」(つたやじゅうざぶろう)の結婚、さらに「鶴屋喜右衛門」(つるやきえもん)との和解と豊富な内容でしたね。今回は、「浅間山の大噴火」の影響を深掘りしていきます。
大河ドラマ歴史年表(歴代別/時代別)
これまで放送された大河ドラマ、及び今後放送予定の大河ドラマを一覧で見ることができます。
2025年 大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」
2025年(令和7年)のNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」の概要をはじめ、あらすじ、キャスト、蔦屋重三郎の人物像などについてご紹介します。

あらすじ(2025年6月29日放送)

書物問屋「柏原屋」(かしわばらや)の主「柏原屋与左衛門」(かしわばらやよざえもん、演:川畑泰史[かわばたやすし])が、「耕書堂」(こうしょどう)を訪ねてきます。柏原屋与左衛門は、「鶴屋」(つるや)に頼まれて、「日本橋」(現在の東京都中央区)の「丸屋」(まるや)を買い取ったものの、出店には多額の費用がかかるため、手放したいと言うのです。そして、「蔦屋重三郎」(つたやじゅうざぶろう、演:横浜流星[よこはまりゅうせい])に、丸屋を買い取ってくれないかと持ちかけました。

蔦屋重三郎は、喜んで返事をしますが、丸屋を買い取るには、大きな問題があります。それは、吉原の者は「見附内」(みつけない:江戸城の防衛のために設けられた軍事施設のある区域)の家屋敷を買えない、という決まりがあることでした。

早速、蔦屋重三郎と「須原屋市兵衛」(すわらやいちべえ、演:里見浩太朗[さとみこうたろう])は、「田沼意次」(たぬまおきつぐ、演:渡辺謙[わたなべけん])のもとを訪ねます。須原屋市兵衛は、松前家の「抜け荷」(ぬけに:密貿易)の証拠となる「蝦夷地」(現在の北海道)を描いた絵図を持参していました。田沼意次は、絵図を買い取りたいと言いますが、須原屋市兵衛は、金の代わりに「ゆくゆくは須原屋の蝦夷地での商いを許可すること」、「蔦屋重三郎が日本橋に出店できるように手助けすること」を条件にすると言います。田沼意次は、この2つの条件を受け入れ、ようやく蔦屋重三郎は、丸屋を手に入れることができました。

そんな折、「浅間山」(あさまやま:長野県及び群馬県にある山)で大噴火が起こり、江戸中が大量の灰で覆われます。蔦屋重三郎は、日本橋の丸屋に向かうと、屋根にのぼり、瓦に衣服をかけて、樋(とい)に灰が詰まらないようにしました。その様子を見ていた鶴屋と「村田屋」(むらたや)も蔦屋重三郎を真似て、樋に布をかけ始めます。やがて、その作業は町中に広がりました。

この一件がきっかけとなり、蔦屋重三郎は、「鶴屋喜右衛門」(つるやきえもん、演:風間俊介[かざましゅんすけ])や町中のみんなと打ち解けます。そして、鶴屋の酒宴の帰り、蔦屋重三郎が、丸屋へ戻ると、店先では「てい」(演:橋本愛[はしもとあい])が床の掃除をしていました。ていは、蔦屋重三郎に、「越」(えつ:古代中国の国のひとつ)の武将だった「陶朱公」(とうしゅこう)という人物の話をします。陶朱公は、戦から身を引いたあと、国を転々と移り住んでは、その土地を富み栄えさせたというのです。そして、蔦屋重三郎にも、陶朱公のような才能があり、「店を譲るなら、そういう人が良い」と言いました。

ていは「出家を考えている」と語り、他の奉公人について、この店で働かせてほしいとお願いします。そんなていに、蔦屋重三郎は、「やはり夫婦になろう。協力すれば、良い店ができるはずだ」と持ちかけました。

その後、「駿河屋」(するがや)の座敷で、蔦屋重三郎とていの祝言が執り行われます。そこへ、鶴屋喜右衛門が通油町(とおりあぶらちょう:現在の東京都中央区)からの祝い品を届けに現れ、「日本橋通油町は、蔦屋さんを快くお迎えします」と伝えました。

こうして耕書堂は、ついに1783年(天明3年)、日本橋に進出することになったのです。

ライターのつぶやき「灰の雨降る日本橋」

歴史に残る大噴火

半年にわたって噴火が続いた

第25話内で描かれた浅間山の大噴火とは、1783年8月5日(天明3年7月8日)に起こった「天明の大噴火」のことです。浅間山は長野県と群馬県の境にある、現在も活動を続けている活火山であり、記録に残っているだけで10回以上の噴火が確認されており、直近では2019年(令和元年)に小規模な噴火が発生しました。

天明の大噴火は旧暦の4月より始まり、何回かの小規模噴火を繰り返して旧暦7月7日に最大規模の噴火が起こります。江戸に灰が降ったのはこのときの噴火です。爆発の音や衝撃が、東は江戸、西は京都、中国地方、四国地方まで伝わったと記録に残っています。江戸では灰が降った程度の被害ですみましたが、「上州街道」(じょうしゅうかいどう)の宿場町であった「鎌原村」(かまはらむら:現在の群馬県吾妻郡嬬恋村)では、約477名もの死者が出ました。

現在は観光名所となっている国立公園「鬼押出し園」(おにおしだしえん)は、このとき流れ出た溶岩によってできた物です。鬼押出し園は、溶岩によって造られた奇抜な景色を楽しめると同時に、自然の雄大さや恐ろしさを感じられます。

天明三年浅間山大焼画図

天明三年浅間山大焼画図

火山噴火が多かった江戸時代

江戸時代は火山の噴火が多かった時代です。浅間山以外には、1707年(宝永4年)に富士山が噴火し、1792年(寛政4年)には雲仙普賢岳で大規模な噴火が発生しています。いずれも江戸にまで火山灰が降り注ぎ、農作物に大きな被害が出ました。特に、浅間山の大噴火から雲仙普賢岳の大噴火までの間隔はわずか9年、次々と発生する天災に、人々はさぞかし不安だったことでしょう。

杉田玄白

杉田玄白

なお、蘭学者で「解体新書」(かいたいしんしょ)の著者でもあった「杉田玄白」(すぎたげんぱく)は、自著「後見草」(のちみぐさ)の中で、浅間山が噴火した当時の江戸の様子や、人々への影響を詳しく記しています。

相次ぐ災害と社会不安が田沼時代(老中「田沼意次」[たぬまおきつぐ]が財政再建のために実権を握っていた時代)の終焉をもたらしたのかもしれません。

フランス革命の遠因になった?

浅間山の噴火で発生した火山灰は成層圏にまで達し、太陽の光を広範囲にわたってさえぎりました。そのため、元々寒冷だったその年の気温はさらに下がり、米が実らず「天明の大飢饉」(てんめいのだいききん)が発生する一因となったのです。

さらに、成層圏にまで達した火山灰の一部はヨーロッパにもたどりつき、異常気象を引き起こします。加えて、アイスランドのラキ火山も噴火したことにより、ヨーロッパも長期間冷夏が続き、小麦の記録的な不作の原因となりました。その結果、農作物の不作による食糧不足となり、フランス革命を引き起こした原因のひとつになったのです。

どの国でも、異常気象による食糧不足は人々を不安にさせ、国を傾ける原因となるのですね。

耕書堂の鮮やかな青いのれん

葛飾北斎 作「画本東都遊」(国立国会図書館デジタルコレクション)

耕書堂の店構え 葛飾北斎 作「画本東都遊」

ドラマ内では火山噴火という大災害を蔦屋重三郎は日本橋(現在の東京都中央区)へ進出するチャンスに変えました。「てい」との結婚、さらに因縁の「鶴屋」(つるや)からのれんを送られるという一大イベントに、SNSでは大いに盛り上がっています。「耕書堂」の鮮やかな青いのれんは、「東京国立博物館」(東京都台東区)で開催されていた特別展「蔦屋重三郎展~コンテンツビジネスの風雲児」でも、復刻品が展示されて話題になっていました。現在も残る浮世絵にも、耕書堂ののれんはしっかりと描かれています。日本橋に進出した蔦屋重三郎のこれからの活躍がたのしみですね。

次回の放送は2025年(令和7年)7月6日(日曜日)。第26話「三人の女」(さんにんのおんな)です。幼いころに生き別れになった蔦屋重三郎の母親が登場し、新たな火種が生まれそうな予感。来週も「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」から目が離せません。

【ColBaseより】

【国立国会図書館ウェブサイトより】

  • 葛飾北斎「画本東都遊」