名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」(メーハク)

名古屋の新ランドマーク 2020年6月開館予定!!

2020年6月開館(延期)

美術品、歴史的資料として貴重な日本刀・甲冑を展示公開! 名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」(メーハク)
名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」(メーハク)
名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」(メーハク)

刀剣とは

刀剣とは、刀身、または剣身を備えた武器の総称で、日本では、一般的に片刃の物を「刀」、両刃の物を「剣」として区別しています。

また、「銃砲刀剣類所持等取締法」(銃刀法)では、刀剣を「刃渡り15cm以上の刀、槍、及び薙刀(なぎなた)」、そして「刃渡り5.5cm以上の剣、合口(あいくち)、飛び出しナイフ」と定義。主に「打物」(うちもの:打って鍛えた武器)を指し、その種類は、「剣」、「大刀」(たち)、「打刀」(うちがたな)、「脇差」(わきざし)、「短刀」などで、「槍」や「薙刀」といった「長柄武器」も入ります。

武器として作られたのが刀剣

刃渡り15cm以上で、刀身を備えているのであれば、包丁も刀剣に含まれるのでしょうか。刀剣と、包丁やナイフなどの刃物との違いは、基本的には形状で判断されます。

「日本刀」のように「反り」のあるタイプは、おおむね「刀剣類」と言えるのです。ただし、「忍者刀」のように、反りがなくても古来の武器であれば、刀剣類とされます。

つまり、刀剣類と刃物の最も簡単な見分け方は、「刀剣類=武器」、「刃物=道具」なのです。刀剣類は、もともと武器として作られました。

例えば日本刀には、反りがあるために、突き刺すことだけでなく、切り引くことにおいても効果を発揮。高い殺傷能力を備えているのです。

一方、料理に使う包丁や、木を削るナイフは道具として作られています。これらは「刃物」であり、日常的に所持することが可能で、特別な手続きは必要ありません。

「刀剣」と「刃物」の違い

「刀剣」と「刃物」の違い

刀剣の所持には注意が必要

銃砲刀剣類登録証

銃砲刀剣類登録証

現代では、日本刀は美術品としての価値が認められ、高い人気を誇っています。しかし、本来は武器であるがゆえに骨董品であっても慎重に取り扱わなければなりません。

また、刀剣を所持するためには、「銃砲刀剣類登録証」が必要です。この登録証が付いている日本刀であれば、刀剣商(刀剣店)で購入することができます。なお、「」や「薙刀」などの「長柄武器」も同様です。

登録証が付いていない日本刀は、銃刀法違反となるため、所持することはできません。これらは、「鍛錬」(たんれん)、「焼き入れ」といった伝統的な制作工程を経ることなく作られた刀剣である可能性が高いのです。

他方、刃の付いていない鑑賞用、または居合用などの模造刀(もぞうとう:レプリカ)であれば、登録証は必要ありません。

銃砲刀剣類登録証がある日本刀を新しく購入したときや、祖父母などから遺産として譲り受けた場合は、「所有者変更届出書」(名義変更)の手続きが必要。登録証に記載されている教育委員会へ、取得から20日以内に提出します。

また、家から日本刀が発見されたものの、銃砲刀剣類登録証が見つからないといった場合には、すみやかに警察へ届け出なければいけません。届出をすると「銃砲刀剣類発見届出済証明書」が発行されます。

そのあと、居住地域の都道府県教育委員会へ銃砲刀剣類登録証と所有者変更届出書を申請。審査が行なわれ、「伝統的な方法で制作された日本刀であり、美術品、または骨董品として価値がある」と認められれば登録証が発行されます。

もし、申請が認められなければ、警察に廃棄してもらわなければなりません。

刀剣ワールド所蔵の刀剣

名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」(愛知県名古屋市中区栄)では、「刀剣ワールド財団」が所蔵する刀剣の名品と出会うことができます。

その中から、「太刀」、「刀」(打刀)、「脇差」、「短刀」を、それぞれ1振ずつピックアップしてご紹介。いずれも、歴史人達に尊ばれた美しい作品ばかりです。

太刀 貞真

本太刀は、信濃国諏訪藩(現在の長野県諏訪市)2代藩主「諏訪忠恒」(すわただつね)が、主君である江戸幕府3代将軍「徳川家光」より賜った1振。諏訪忠恒は、若い頃に「大坂冬の陣・夏の陣」で武功を挙げ、藩主となってからは新田開発などの藩政に力を尽くした大名であり、徳川将軍家からも一目置かれる存在でした。

そんな由緒ある本太刀の制作者は、「福岡一文字派」の刀工「貞真」(さだざね)です。福岡一文字派とは、鎌倉時代初期に備前長船福岡(現在の岡山県瀬戸内市)の地で興った一派で、国宝重要文化財にも指定される数多くの名刀を生み出しました。

本太刀の作風は、直刃調(すぐはちょう)に小乱れ、小丁子乱れ(こちょうじみだれ)に地沸(じにえ)が付き、刃中は小沸出来。古備前鍛冶の遺風が表れていることから、「古一文字」と呼ばれています。

古備前鍛冶の風格を備えながらそこに新しさを加味した、鎌倉時代中期の福岡一文字らしい華やかな作品です。

太刀 貞真
太刀 貞真
貞真
時代
鎌倉時代中期
鑑定区分
重要美術品
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

刀 銘 備州長船住近景

本刀は、長柄武器である「長巻」(ながまき)の(なかご)を磨上げて打刀に作り直した「長巻直し」で、周防国岩国藩(現在の山口県岩国市)の藩主「吉川家」(きっかわけ)に伝来しました。吉川家の祖となった「吉川義経」(きっかわよしつね)は、「源頼朝」の側近くに仕えたことで知られています。

本刀を手掛けた「近景」(ちかかげ)は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて、備前国長船(現在の岡山県瀬戸内市)で活躍。近景の作品としては、「本能寺の変」で主君「織田信長」に反旗を翻した「明智光秀」の愛刀「明智近景」が有名ですが、本刀は明智近景よりも先に鍛えられています。

地鉄(じがね)は板目肌が詰んで地沸が細かく映り立ち、刃文は匂出来で、中直刃にやや尖り、小互の目(こぐのめ)が交じって小足(こあし)が入る美しさが特徴的です。鋒/切先(きっさき)まですらりと伸びた気品漂う刀姿には目を奪われます。

刀 銘 備州長船住近景
刀 銘 備州長船住近景
備州長船住近景
時代
鎌倉時代後期
鑑定区分
重要美術品
所蔵・伝来
岩国藩藩主
吉川家伝来→
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

脇差 銘 源清麿 嘉永元年八月日

本脇差を所有していたのは、信州松代藩(現在の長野県長野市)の藩士「高野武貞」(たかのたけさだ)。兵学者で武術家でもあった「窪田清音」(くぼたすがね)の門人となり、兵学と田宮流居合剣術を学んだ人物です。

本脇差を制作した「源清麿」(みなもときよまろ)もまた窪田清音の門人であり、刀工としての腕前を認められ、窪田清音の屋敷に設けられた鍛冶場で作刀に励みました。四谷北伊賀町(現在の東京都新宿区三栄町の一部)に居を構えたことから、「四谷正宗」とも呼ばれています。

高野武貞は、同じ窪田清音の門人で、同郷でもある源清麿の脇差を愛用しました。

本脇差は、「薙刀直し」(なぎなたなおし)を模して制作されました。薙刀直しとは、鎌倉時代の薙刀を脇差に作り直すことで、本脇差においては、その特徴を再現した勇壮な姿が印象深く見事です。

脇差 銘 源清麿 嘉永元年八月日
脇差 銘 源清麿 嘉永元年八月日
源清麿
嘉永元年八月日
時代
江戸時代
鑑定区分
重要刀剣
所蔵・伝来
高野武貞→
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

短刀 銘 光包 延慶二年二月日

「備前長船派」の刀工「長光」(ながみつ)の庶子(側室の子)と伝えられる「光包」(みつかね)は、「来派」を代表する名工「来国俊」(らいくにとし)に師事。長光と来国俊の2人に学んだとも言われています。

また、「比叡山延暦寺」(ひえいざんえんりゃくじ:滋賀県大津市)の「根本中堂」(こんぽんちゅうどう)に籠って作刀したことから、「中堂来」の異名を取りました。

本短刀は、光包の作品の中でも出色と評される傑作であり、重要文化財(旧国宝)に指定されています。

鍛えは板目で肌立って地沸付き。刃文は、細直刃に小沸深く、砂流し、ほつれごころあり。そして、表には「不動明王」(ふどうみょうおう)を象徴する「種字」(しゅじ)と「素剣」(すけん)、裏には同じく不動明王の種字と「護摩箸」(ごまばし)が彫刻されています。

魔を祓い、煩悩を断ち切るとされる不動明王への加護の願いが込められた凛々しい1振です。

短刀 銘 光包 延慶二年二月日
短刀 銘 光包 延慶二年二月日
光包
延慶二年二月日
時代
鎌倉時代
鑑定区分
重要文化財
(旧国宝)
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

日本刀とは

日本刀とは、主に「鎬造り」(しのぎづくり)で「反り」(そり)があり、刀身の片側に刃を持つ刀類の総称です。平安時代中期に登場し、それ以降日本における刀剣の主流となりました。「平造り」(ひらづくり)や、「無反り」の日本刀も存在し、さらに広義には、「槍」、「薙刀」(なぎなた)、「剣」も日本刀に含まれます。

なお、外国の刀剣類とは異なり、刀身自体に美術品としての価値があることも日本刀の特徴のひとつです。寸法により、「太刀」(たち)、「打刀」(うちがたな)、「脇差」(わきざし)、「短刀」に分類。また、制作された時代によって、「古刀」(ことう)、「新刀」(しんとう)、「新々刀」(しんしんとう)、「現代刀」という4つに区分することができます。

「日本刀」という名の由来

外国人からみた刀

外国人からみた刀

「日本刀」とは、もともとは外国から見た場合の呼び名です。

日本古来の呼び名は、「刀」(かたな)、もしくは「」(けん/つるぎ)でした。また、「木刀」(ぼくとう)や「竹刀」(しない)などに相対して「真剣」(しんけん)とも称します。

日本刀という名称は、北宋(ほくそう:中国の王朝のひとつ)の詩人「欧陽脩」(おうようしゅう)が記した「日本刀歌」に登場。その詩の中では、華南(現在の中国南部)の商人が日本まで日本刀を買い付けに行っていることや、日本刀の美術的価値の他、魔除け信仰についても語られているのです。

平安時代後期から鎌倉時代初期には、すでに日本刀が外国の愛好家などに尊ばれ、輸出されていたことが分かります。

日本刀は、海外の刀剣とは区別される日本固有の刀剣の総称です。日本で一般的にこの呼び名が使われるようになったのは幕末以降で、それ以前は、「太刀」や「打刀」といった分類で呼んでいたと言われています。

日本刀の特徴

折り返し鍛錬

折り返し鍛錬

古来、武器としての役割を担ってきた日本刀ですが、その姿の力強い美しさから、武士にとっては自らの格式を表す象徴でもありました。

現代においては、美術品として高く評価されており、日本刀ブームと言えるほどの人気を博しています。日本刀は、日本独自の「折り返し鍛錬」(おりかえしたんれん)によって鍛えられた良質な「玉鋼」(たまはがね)を素材とすることも大きな特徴です。

さらに、硬さや柔軟性が異なる複数の素材を組み合わせることで、「折れず、曲がらず、よく切れる」という、世界的にも珍しい日本刀ならではの特性を実現させました。

折り返し鍛錬・焼き入れ

折り返し鍛錬・焼き入れ

独自性が高い形状

日本刀の多くに共通する「鎬造り」とは、刀身の表裏両面を縦に通る稜線の「」が、やや峰/棟(みね/むね)側に寄った形状のことです。

また日本刀は、刃の部分である刀身と、手で握るための「」(つか)に収められる「」(なかご)が、ひと続きの構造となっています。

そして、「反り」を持つことによって、素早く「」(さや)から抜くことができ、相手に斬り付ける際には、振り下ろす動作の流れで自然に引き切りが行なえるようになりました。日本刀の反りは、力学的にも理に適っており、効果的に斬ることが可能なのです。

海外の剣とは一線を画す特徴として他に、「」(こしらえ:外装)とは別に刀身自体が美術品的価値を備えていることが挙げられます。

歴史的に見る日本刀

日本刀登場以前に用いられていた刀剣は、刀身の両側に刃のある「両刃」(もろは)の「直刀」(ちょくとう)で、主に貴族が佩用していました。

平安時代中期、武士の台頭と共に、特に騎馬戦で使いやすい反りのある日本刀が登場。これらを「古刀」と呼び、その歴史は安土桃山時代中期まで、およそ800年間続きます。この「古刀期」に、5つの地方でそれぞれ特色ある伝法を確立した「五箇伝」(ごかでん)が繁栄しました。

戦国時代末期の1596年(慶長元年)には古刀期が終わり、「新刀」の時代となります。交通手段の発達により、人と物資の移動が容易になったことから、五箇伝の伝法を持つ刀工達が江戸や大坂をはじめ、広く全国へ分布しました。刀工達は、従来の家系や伝統には囚われない、新しい手法を研究し発展させていったのです。

泰平の世が続いた江戸時代には、日本刀が実戦で使われることはほぼなくなり、日本刀文化は衰退の危機に陥ります。

しかし、刀工界では「刀剣復古論」を提唱する「水心子正秀」(すいしんしまさひで)ら意欲的な刀工が鎌倉・南北朝時代の古刀を研究して再現。これらの日本刀は「新々刀」と呼ばれ、日本刀文化は活気を取り戻しました。

幕末の動乱期を経て明治時代に入ると、1876年(明治9年)には「廃刀令」が発布。日本刀の需要はなくなったものの、日本刀に造詣の深い「明治天皇」の庇護のもと、日本刀文化は維持されます。

第2次世界大戦後は、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって、日本刀の没収が始まりますが、日本刀は武器ではなく美術品としての価値が高いことを日本の専門家が働きかけ、それが認められることで没収の危機を乗り越えました。その後、法改正が行なわれ、日本刀は個人での所有や制作・売買が可能となったのです。日本刀制作の技術は脈々と受け継がれ、その文化は現在も日本人の心に息づいています。

刀剣ワールド所蔵の日本刀

この章では、「刀剣ワールド財団」が所蔵する日本刀をご紹介。日本刀と呼ばれる太刀、打刀、そして薙刀より、それぞれ1振ずつ解説していきます。

太刀 銘 備州長船住成家

本太刀の制作者は、南北朝時代中期に備前国長船(現在の岡山県瀬戸内市)で活動した刀工「初代 長船成家」(おさふねなりいえ/なるいえ)です。

長船成家は、「長船派」の実質的な開祖である「長船光忠」(おさふねみつただ)の弟「景秀」(かげひで)の孫と伝えられ、同じ時代に腕を競った刀工達の中でも抜きん出た名工とされています。

重要文化財にも指定されている本太刀の大きな特徴は、南北朝時代の長船物では珍しい、逆がかった丁子乱れ(ちょうじみだれ)の刃文。その冴えた輝きは堂々たる体配(全体の姿)に美しく映え、観る者の心を奪います。間近で鑑賞することをおすすめしたい名品です。

太刀 銘 備州長船住成家
太刀 銘 備州長船住成家
備州長船住成家
時代
南北朝時代中期
鑑定区分
重要文化財
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

刀 無銘 伝志津

本刀は、兄との家督争いの末、美濃国(現在の岐阜県南部)の国主となった「土岐頼芸」(ときよりのり)が佩用したとされる1振。土岐頼芸は、重臣であった「斎藤道三」(さいとうどうさん)の助力を得て国主に就いたものの、のちにその斎藤道三と対立して美濃国を追われるという、皮肉な運命をたどりました。

本刀は銘が切られていませんが、「志津」(しづ)の作品と伝わっています。志津は、もともとは土岐頼芸や斎藤道三とゆかりの深い美濃国にある地名のこと。その地へ「相州伝」を確立した名工「正宗」の高弟で「正宗十哲」のひとりでもある「兼氏」(かねうじ)が移り住み、作刀したことから、「志津三郎兼氏」と名乗るようになりました。したがって、ただ志津と呼ばれる場合は、兼氏を指すのが一般的です。

身幅が広く、反りの浅い勇壮な刀姿は、鎌倉時代末期の相州伝の特徴を備えています。刃文は一見穏やかながら、焼幅の狭い、(にえ)本位の浅い湾れ乱れ(のたれみだれ)で、刃中には金筋砂流しといった働きが現れるなど、気高さの中に秘めた覇気が感じられる傑作刀です。

刀 無銘 伝志津
刀 無銘 伝志津
時代
南北朝時代
鑑定区分
重要美術品
所蔵・伝来
土岐頼芸→
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

槍 銘 村正

村正」は、室町時代から江戸時代にかけて伊勢国桑名(現在の三重県桑名市)で活躍した刀工です。初代の「千子村正」(せんご/せんじむらまさ)から6代以上が続き、多くの名品を生み出しています。

妖刀伝説は名高く、徳川家に仇をなす刀として知られる村正。しかし、実際に史料として残っているのは「徳川家康」の祖父「松平清康」(まつだいらきよやす)が村正の刀で家臣に斬殺された1件のみと伝えられています。

この事件で村正の刀が使われたのも、桑名と徳川家の三河国(現在の愛知県東部)が近く、三河武士の間で村正が普及していたためであり、何ら不思議なことではなかったのです。

さらに、噂話に尾ひれが付いて書物にも記載されたことから、妖刀伝説は広まっていくこととなりました。

ここでご紹介するのは、そんな村正の銘が切られた槍で、室町時代後期に作られた作品です。刀身である穂(ほ)は三角造。板目肌が流れ、柾目肌(まさめはだ)が交じる地鉄(じがね)に、小互の目(こぐのめ)に小湾れ交じりの刃文が映えています。村正の名にふさわしい迫力を持った美しさが印象的です。

槍 銘 村正
槍 銘 村正
村正
時代
室町時代後期
鑑定区分
特別保存刀剣
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

薙刀 銘 和泉守兼定作(号 鬼夜叉)

「鬼夜叉」(おにやしゃ)の号を持つ本薙刀「和泉守兼定作」(いずみのかみかねさださく)は、小浜藩(現在の福井県)初代藩主「京極高次」(きょうごくたかつぐ)が所持していました。

織田信長」に仕えながら、「本能寺の変」では「明智光秀」にしたがった京極高次。そのため「豊臣秀吉」に追われる身となりますが、豊臣秀吉の側室となった妹「竜子」のとりなしもあって赦免されます。

さらに、「浅井三姉妹」のひとり「お初」を正室に迎えるなどして身を立てたため、女性達の七光りで出世した「蛍大名」と揶揄されることになったのです。

しかし、「関ヶ原の戦い」では東軍に与して武功を挙げ、徳川家康に認められました。

この功績を支えたのが本薙刀・鬼夜叉であると言われています。号の由来は、その華やかな刃文にあり、猿楽(曲芸などを主とする日本の伝統芸能)の大家「世阿弥」(ぜあみ)が舞い踊るときのように美しいことから、世阿弥の幼少名である鬼夜叉の名前が付けられました。

本薙刀を制作した刀工は、室町時代後期に美濃国で活躍した「之定」(のさだ)こと「2代 和泉守兼定」です。歴代の和泉守兼定の中でも之定の評価が最も高く、人気も抜群。江戸時代には、之定の作品に1,000両の値が付いたことから「千両兼定」と称賛されました。

1振の薙刀にまつわる歴史的背景と、多彩な人間模様に思いを馳せながら鑑賞してみるのも面白いのではないでしょうか。

薙刀 銘 和泉守兼定作(号 鬼夜叉)
薙刀 銘 和泉守兼定作(号 鬼夜叉)
和泉守兼定作
時代
室町時代中期
鑑定区分
重要刀剣
所蔵・伝来
京極高次→
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

「日本刀」YouTube動画

日本刀|YouTube動画

刀とは

刀(かたな)とは、武器の一種で、刀身の片側にのみ刃がある刀剣のこと。断ち切る効果を高めるために「反り」を付けた構造の「湾刀」(わんとう)が多く、一方、反りのないタイプは「直刀」(ちょくとう)と呼ばれています。

日本と世界の刀

日本における「刀」の定義

刀の定義

刀の定義

日本では、紀元前から青銅製や鉄製の直刀が作られていました。そして、平安時代中期に武士が勢力を伸ばしはじめると、騎馬戦に適するよう反りを持たせた「太刀」(たち)が登場します。この太刀は直刀と同じく腰から吊るす様式です。

また、太刀以降の刀を「日本刀」と称し、その制作の工程で、日本独自の「折り返し鍛錬」(おりかえしたんれん)や「焼き入れ」が行なわれていることが日本刀の条件とされました。さらに、第2次世界大戦後は、武器としてよりも、美術品としての価値が高いことが必須となっているのです。しばしば刀と日本刀は同一視されますが、刀には長さの規定があります。戦国時代には、武士が腰に差す様式の日本刀が生まれ、その大小2振のうち長い方が刀で、短い方は「脇差」です。なお、この刀は、刃長が2尺(約60.6cm)以上でなければなりません。

また、腰に差す様式の刀は「打刀」(うちがたな)と呼ばれます。江戸時代には、打刀の寸法が持ち主の身分によって規定されました。武士や剣術の修行者は、3代将軍「徳川家光」の時代までは、2尺3寸(約69.7cm)以下、4代将軍「徳川家綱」以降は、2尺2寸8分(約69.0cm)以下とされたのです。

他にも、帯刀を許された神職や武家奉公人などの身分の者は、2尺2寸3分(約67.5cm)までとされました。

そして、刃長が1~2尺(約30.3~60.6cm)の日本刀が脇差、1尺(30.3cm)より短いと「短刀」です。町人などの身分でも、旅をする場合などには護身用として脇差の携行が許されています。

刀の歴史

「刀」と言えば、日本固有の刀剣である日本刀がイメージされますが、刀は世界各地で用いられ、独自の発展を遂げてきました。

中国では、1~3世紀頃に栄えた後漢の時代、それまで主流であった「両刃」(もろは)の「」(けん/つるぎ)から、「片刃」(かたは)の直刀が多く使われるようになります。その理由は、騎馬民族である匈奴(きょうど)との騎馬戦が増えたためで、片刃の刀は、すれ違いざまに振るう戦い方に向いていたのです。以来、武器の主流は刀になります。

また中世の中国においては、日本製の刀、つまり日本刀がよく知られており、その美しさから人気を博し、宝刀と呼ばれて日本から中国へ輸出されていました。

シャムシール

シャムシール

アジア諸国でも11~13世紀にかけて、馬上での戦いに適した反りのあるペルシャ(現在のイラン)の「シャムシール」や、インドの「タルワール」といった刀が誕生しています。西ヨーロッパでは、肉切り包丁をそのまま大きくしたような「ファルシオン」や「ハンガー」、「グロスメッサー」といった直刀が使用されました。

これらは、従来の剣と比較して安価であり、容易に扱うことができたため、一般民衆から募った下級兵士や、一部の騎士に使われただけでなく、斧(おの)や鉈(なた)と同じく日常的にも用いられたとのことです。

また16世紀頃には、銃の発達によって歩兵が強力な火力を手に入れると、騎兵が主力武器としていた「騎兵槍」(先端が尖った刃のない槍。ランス)は廃れ、集団での接近戦に適した「サーベル」が使われるようになります。

サーベルは20世紀初頭まで、ヨーロッパのみならず多くの国の軍隊で将校の階級を表すシンボルとして装備され続けました。

刀剣ワールド所蔵の刀

ここでは、名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」(愛知県名古屋市中区栄)で鑑賞することができる刀(打刀)の中から4振をご紹介。いずれも「刀剣ワールド財団」が未来へ残すべき日本の宝として大切にしている名品揃いです。

名刀を鑑賞しながら、受け継がれてきた数百年の歴史に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

刀 無銘 伝正宗

本刀は、「明治天皇」の父「孝明天皇」(こうめいてんのう)が佩刀した極め付けの名品です。

制作者の「正宗」は、「相州伝」の作風を確立した名工として知られていますが、のある作品は稀で、国宝に指定されている9振にも正宗自身が切った銘はありません。しかし、その作風には特色があり、本刀においても、相州伝の極意を示す冴えた沸(にえ)が見られます。

正宗はまた多くの門人を育てた教育者でもありました。これらの功績から、日本刀中興の祖と呼ばれています。

刀 無銘 伝正宗
刀 無銘 伝正宗
時代
鎌倉時代末期
鑑定区分
特別重要刀剣
所蔵・伝来
孝明天皇→
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

刀 無銘 伝来国光(朱銘)

本刀は、刀剣鑑定の家元「本阿弥家」(ほんあみけ)によって「来国光」(らいくにみつ)の作品であると明らかにされ、(なかご)に朱銘(しゅめい)が記されました。

来国光は、「来一門」を代表する刀工「来国俊」(らいくにとし)の子とする説が有力です。来一門の正統を継ぎ、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて山城国(現在の京都府)で活躍しました。国宝・重要文化財に指定されている作品も多く現存しています。来国光の作風としては、刃文直刃(すぐは)にやや乱れごころがあり沸足(にえあし)入り。刃中は匂口がよく締まって、くっきりとした印象です。また、猪首鋒/猪首切先(いのくびきっさき)風の姿からは、勇壮な力強さが感じられます。

刀 無銘 伝来国光(朱銘)
刀 無銘 伝来国光(朱銘)
来国光(朱銘)
時代
鎌倉時代末期
鑑定区分
重要美術品
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

刀 銘 井上真改

1596年(慶長元年)から、江戸時代中期の1781年(安永10年)までに制作された「新刀」(しんとう)。その中でも、大坂(現在の大阪府)で活躍した刀工の作品を特に「大坂新刀」と呼びます。

井上真改」(いのうえしんかい)は、「津田助広」(つだすけひろ)、「一竿子忠綱」(いっかんしただつな)と共に「大坂新刀の三傑」と称される名工です。

その顕著な特徴は、大坂新刀屈指の美しさを誇る精緻な地鉄(じがね)にあります。本刀においても、地沸(じにえ)が微塵に厚く良く付き、匂口は深く、湾れ(のたれ)の刃文は明るく際立っているのが印象的です。

本刀を鍛錬するにあたり、井上真改は身を清めて、最高級の素材を用いたと伝えられています。本刀は、そんな名工井上真改の本領が発揮された傑作の名にふさわしい名刀なのです。

刀 銘 井上真改
刀 銘 井上真改
井上真改
時代
江戸時代前期
鑑定区分
重要美術品
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

刀 銘 水心子正秀 天明五年二月日彫同作

江戸時代後期、「水心子正秀」(すいしんしまさひで)は、鎌倉・南北朝時代に制作された「古刀」(ことう)を手本として研究する「刀剣復古論」を提唱。古刀の再現を目指した「新々刀」(しんしんとう)を世に送り出します。

名工として名を成した水心子正秀は、「源清麿」(みなもときよまろ)、「大慶直胤」(たいけいなおたね)と並び「江戸三作」と称されました。

本刀は、相州伝風の大互の目(おおぐのめ)に小湾れ(このたれ)を交えて焼き、匂口深く、地刃が明るく冴えていることなど、水心子正秀の初期に見られる特徴を備えています。

差表に施された「倶利伽羅龍」(くりからりゅう)は「不動明王」(ふどうみょうおう)の化身を表す彫刻です。軍神であり火の神でもあることから、火を使う刀工にとっては守護神的存在でもありました。

本刀には「彫同作」(ほりどうさく)の添銘があり、水心子正秀自身の彫であることが分かります。間近に鑑賞するときには、この刀身彫刻にも注目してみましょう。

刀 銘 水心子正秀 天明五年二月日彫同作
刀 銘 水心子正秀 天明五年二月日彫同作
水心子正秀
天明五年二月日
彫同作
時代
江戸時代後期
鑑定区分
特別保存刀剣
所蔵・伝来
刀剣ワールド財団
〔 東建コーポレーション 〕

「刀 KATANA」
YouTube動画

刀 KATANA|YouTube動画

刀剣ワールド財団が企画監修!『明智光秀と三英傑』を徹底解剖! 刀剣ワールド財団が企画監修!『明智光秀と三英傑』を徹底解剖!
明智光秀と三英傑(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)の出生の謎や愛刀に迫った刀剣ワールド財団監修のムック本「明智光秀と三英傑」が発売!
天下三名槍 写し制作プロジェクト 天下三名槍 写し制作プロジェクト
名古屋刀剣ワールドにて行なわれている「天下三名槍 写し制作プロジェクト」をご紹介します。

更新情報

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工事中

日本刀、刀剣、刀、剣を観たことも触れたこともない初めての方にも解りやすい内容で、日本刀の種類や鑑定区分の解説をはじめ、日本刀の鑑賞方法や、日本刀を知る上で外すことのできない「五箇伝」と呼ばれる伝法の歴史と特徴など、刀剣に関する基礎知識をカテゴリ別に分けてご紹介。初心者の方でも一から学べる日本刀の教科書のようになっています。正しい刀剣の基礎知識を身に付けましょう!

刀剣の基本について
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刀剣・甲冑・美術品について学ぶ

博物館の概要

博物館の概要

東海地方にある刀剣関連施設のひとつ、名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」(メーハク)は、愛知県名古屋市中区栄に開館予定の刀剣博物館です。

最大200振の刀剣・日本刀が展示可能で、国宝・重要文化財や重要美術品といった貴重な刀剣や日本刀がご覧頂けます。愛知県にお越しの際はお立ち寄り下さい。

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施設案内

施設案内

名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」(メーハク)は、常設展示室、企画展示室、特別展示室を完備。他にもミュージアムショップ、浮世絵階段ギャラリー、資料室、学習室、屋上庭園などがあります。

ご休憩の際は、本館2階の「和カフェ 有楽」にておくつろぎ下さい。

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展示品

展示品

当博物館の展示品の一部を、写真と解説でご紹介します。

展示品は、刀剣をはじめ、甲冑や武具、馬具などの他、浮世絵、書画などの美術品も数多く展示。

刀剣は国宝も含めた最大200振をご覧頂くことができます。

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【ハートマークショップ】名古屋刀剣ワールド ミュージアムショップ 【ハートマークショップ】名古屋刀剣ワールド ミュージアムショップ
ネット通販サイトでは、刀剣にまつわる歴史品(模造刀・グッズ)が購入できます。

交通アクセス

当博物館へのアクセス方法をご案内致します。電車やバスでお越し頂く場合の最寄り駅や周辺施設などの情報も掲載しております。

交通アクセス

名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」(メーハク)は、愛知県名古屋市の中心である栄に位置し、お車、電車、バスでアクセスしやすい場所にあります。

交通アクセス

交通アクセスについて
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来館案内

来館案内

開館時間や休館日、入館料などをご案内致します。

今後開催が予定されている企画展などのイベント情報をご確認頂けます。また、当博物館周辺の観光名所や飲食店などもご紹介しています。

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名古屋刀剣ワールド 建設ブログ~名古屋刀剣ワールドができるまで~
名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」(メーハク)ができるまでの建設ブログをご紹介。
名古屋刀剣ワールド 建設工事写真集
名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」(メーハク)の工事進捗状況が分かる写真集です。

刀剣コレクションのご紹介

名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」(メーハク)を運営する「刀剣ワールド財団」では、当博物館以外にも数多くの美術品を展示。愛知県の「刀剣コレクション 名古屋・丸の内」、三重県の「刀剣コレクション 桑名・多度」の東海地方にある2施設で、価値の高い様々な美術品を無料でご覧頂くことができます。

刀剣コレクション名古屋・丸の内
(東建本社)

刀剣コレクション名古屋・丸の内(東建本社)

愛知県名古屋市中区丸の内の東建コーポレーション本社丸の内ビル1階にある「刀剣コレクション 名古屋・丸の内」には、日本刀をはじめ、甲冑、槍、薙刀、火縄銃といった美術的にも価値の高い様々な美術品を展示。刀剣の専門サイト・バーチャル刀剣博物館「刀剣ワールド」で紹介している刀剣や甲冑などを、実際に観ることのできる貴重な施設です。

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刀剣コレクション桑名・多度
(ホテル多度温泉)

刀剣コレクション桑名・多度(ホテル多度温泉)

三重県桑名市多度町のホテル多度温泉にある「刀剣コレクション 桑名・多度」には、日本刀をはじめ、甲冑や槍、薙刀、火縄銃といった美術的にも価値の高い様々な美術品を展示。刀剣の専門サイト・バーチャル刀剣博物館「刀剣ワールド」で紹介している刀剣や甲冑などを、実際に観ることのできる貴重な施設です。

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全国の刀剣関連施設 全国の刀剣関連施設
「全国の刀剣関連施設」では刀剣ワールドの掲載情報をはじめ、施設リサーチ ホームメイト・リサーチに掲載の美術館や博物館、神社・仏閣、城郭といった刀剣関連の施設を都道府県別に検索できます。

「刀剣イラスト・塗り絵集」のご紹介

歴史上の人物を描いたイラストや、刀剣・日本刀の専門サイト「刀剣ワールド」の刀剣キャラクターのオリジナルイラストや塗り絵をご紹介します。

名古屋刀剣ワールド 刀剣イラスト・塗り絵集
「刀剣イラスト・塗り絵集」のなかからイラスト「歴史上の人物」と、塗り絵「平装」「現代衣装」をご紹介しています。
刀剣コレクション名古屋・丸の内 刀剣イラスト・塗り絵集
「刀剣イラスト・塗り絵集」のなかからイラスト「オリジナルキャラクター」と、塗り絵「甲冑」「武士」をご紹介しています。
刀剣コレクション桑名・多度 刀剣イラスト・塗り絵集
「刀剣イラスト・塗り絵集」のなかからイラスト「刀剣ワールドキャラクター」と、塗り絵「公家」「姫様」をご紹介しています。

名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」(メーハク)は、愛知県名古屋市中区栄にある刀剣の博物館です。博物館は最大200振の刀剣・日本刀が展示可能。国宝や重要文化財、重要美術品、特別重要刀剣といった貴重な刀の数々をご覧頂けます。さらに、甲冑・鎧兜は約50領、浮世絵は約150点を常設展示。刀剣・日本刀、甲冑、浮世絵、武具といった歴史に関する様々な美術品を楽しむことができる博物館です。
また、博物館・美術館の魅力のひとつである企画展示会も実施。テーマに沿った刀や剣、甲冑、浮世絵を展示し、ここでしか観ることができない特別な展示会を開催します。愛知県名古屋市にお越しの際や、東海地方の歴史関連施設をまわる際には、ぜひ名古屋刀剣博物館「名古屋刀剣ワールド」(メーハク)に足をお運び下さい。

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