浮世絵の基本

浮世絵版画の作り方 - 名古屋刀剣ワールド

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誕生した当初の「浮世絵」は、浮世絵師が筆を用いて自ら描く「肉筆画」でした。一般的な絵画と同じく世界に1枚しかない1点物であり、庶民には手の届かない高価な美術品だったのです。そんな浮世絵を、庶民の身近な存在にしたのが「木版画」です。木版画とは、木製の原板を使った印刷のことで、同じ絵をたくさん制作することが可能であったため、浮世絵は廉価(安い値段)で売り出すことができるようになりました。
木版画の浮世絵制作に携わったのは、もちろん浮世絵師ひとりではありません。作品の完成までには、「版元」(はんもと)、「絵師」(浮世絵師)、「彫師」(ほりし)、「摺師」(すりし)というプロフェッショナルが、それぞれの分野で力を発揮。浮世絵とは、職人達の才能と技を結集させた賜物(たまもの)と言えます。

浮世絵浮世絵
浮世絵の歴史や有名な浮世絵師など、浮世絵に関することをご紹介します。

浮世絵制作にかかわる職人達

木版画の浮世絵制作とは、大まかに4つの部門と人がかかわる分業制でした。4部門の職人達をご紹介します。

版元:現代で言う出版社

浮世絵を売り出す店。商品を企画し、プロデュースする人でもあります。出版全体にかかわる責任者でもあり、どんな浮世絵を出せば人気を得て売れるのか、見極める能力は欠かせません。

絵師:浮世絵の原画を描く人

現代のイラストレーターにあたります。「葛飾北斎」(かつしかほくさい)、「喜多川歌麿」(きたがわうたまろ)、「歌川国芳」(うたがわくによし)など、後世にまで名前が残るのはこの絵師です。

なお、多くの絵師は、木版画の原画を描く傍ら肉筆画も描きました。肉筆画の方が画料を高く設定できることなどが理由として挙げられます。


葛飾北斎葛飾北斎
江戸時代を代表する浮世絵師「葛飾北斎」に関するエピソードをまとめています。

彫師:木版画の板を彫る人

絵師が描いた原画をもとに、木製の板を彫る職人です。1作品の制作を複数の職人で分担することもありました。

摺師:和紙に摺る人

彫師が彫った版木に「顔料」(がんりょう:絵具)を染み込ませて、紙に摺る職人です。

浮世絵が完成するまでの流れ

次に、浮世絵が完成するまでの工程を見ていきましょう。例として、多色摺の浮世絵である「錦絵」(にしきえ)について述べていきます。

1:絵師が描く原画はモノクロ

版下絵を描く

版下絵を描く

版元からの依頼を受けた絵師は、最初に下絵となる「画稿」(がこう)を制作。続いて、画稿をきれいな線で清書した「版下絵」(はんしたえ)を描き、これが決定稿となります。

版下絵はモノクロで描きますが、髪の一筋や着物の柄まで自ら描き込む絵師もいれば、おおざっぱに描いて、あとは彫師に任せるという絵師もおり、手法は様々です。

版下絵に用いる紙は、トレーシングペーパーより薄い「薄美濃紙」(うすみのし/うすみのがみ)。これは裏返しても表と変わらないほど線画をはっきりと見ることができました。

2:検閲を受ける

版下絵ができあがったら、検閲を受けなければなりません。

1790年(寛政2年)から行なわれている制度で、版下絵は版元から地本問屋行事(じほんどんや/じほんどいやぎょうじ:地本問屋の仲間が当番制で勤める役目)や名主(なぬし:町役人)へ提出。幕府批判などの問題がなければ「極」という文字の「改印」(あらためいん)が押されます。

江戸時代後期には、この「極印」の他に検閲した年月を表す印も押されたため、現在では作品の制作年を知る手掛かりとなっているのです。

3:彫師が主版を彫る

主版を彫る

主版を彫る

版下絵は版元から彫師のもとへ。彫師は、受け取った版下絵を裏返して山桜(固めで粘りがあり、材質が均一なため版木に向く木材)の板に貼り付け、線に合わせて彫っていきます。裏返して彫るために、版下絵は透けて見える薄美濃紙に描かれる訳です。

そして絵師が描いた版下絵は、このとき板と一緒に彫られてしまうので、残されることはありません。

彫師の仕事は複数の職人で分担される場合もあり、最も重要で難しい人物の頭部などは「頭彫」(かしらぼり)と呼ばれる熟練の職人が担いました。版下絵では細かな部分まで描き込まない絵師もいたため、彫師には技術力だけでなく、細部の彫を自ら決めるセンスも必要だったのです。

版木の線が凸型になるよう彫るときは、紙1枚よりも薄く研がれた「小刀」(こがたな)を使います。彫る部分によって刃先の角度が異なる数種類の小刀を使い分け、線の周りのいらない部分を削り取るときには「鑿」(のみ)を使用。鑿も、削る部分の幅に応じて数種類を使い分けました。

こうして最初に彫られた版木が「主版」(おもはん)です。主版ができあがったら、それをもとに数枚の和紙へ摺り、「校合摺」(きょうごうずり:版下絵のコピー)を作ります。

4:絵師による色分け

絵師による色分け

絵師による色分け

次の工程では、絵師が校合摺へ朱色を入れて色を指定。1色ごとに版木1枚を使うため、色の数だけ校合摺が必要です。

木版画浮世絵では、使用する色の数が多くなるほど版木も多くなり、摺る手間が増え、制作のコストもかかってしまいます。

そのため江戸時代には、版木5枚の両面を使って10面以内で作品を完成させるよう考えるのが基本でした。

5:色版を彫る

校合摺が色分けされると、彫師が主版と同じように彫っていきます。絵師が朱色に塗った部分のみを残して彫り、色ごとに版木を制作。これが「色版」(いろはん)です。

また色版には、摺るときに和紙を置く位置を正確に決められるよう「見当」(けんとう)という印を彫りました。版木の端に、かぎ型と一文字型の2種類の見当を設け、そこに和紙の端を揃えて置くことで、数種類の色でもぶれずに摺ることができたのです。

6:摺師の手を経て浮世絵が完成

摺師の工程

摺師の工程

いよいよ摺師が手掛ける工程に移りますが、ここでは版元と絵師、彫師が立ち会います。

最初にすべての色を1枚に入れて試し摺りし、色抜けや彫り忘れがないかを確認。さらに色合いを見ながら、絵師や版元の指示にしたがって完成品に近付けていきます。

この工程では、「馬連」(ばれん)という道具で和紙に摺りますが、江戸時代の浮世絵は、和紙の繊維の奥まで顔料の粒子を入れ込むように摺りました。そのため、現代でも浮世絵の色は鮮やかに残っているのです。

また、和紙が滲まないように、あらかじめニワカとミョウバンを混ぜた「礬水」(どうさ)と呼ばれる液体を表面へ均等に引いて加工しました。ここでは幅の広い「刷毛」(はけ)を使用。刷毛は、版木の上に絵具(顔料)をのせるときにも使います。それらは馬の尾の毛で作られており、塗る部分によって大小数種類を使い分けました。

試し摺りを何度か行ない、版元と絵師に認められれば、「見本摺」のできあがりです。摺師はこの見本摺をもとに、実際に販売する商品である「本摺」の制作に取り掛かります。

浮世絵は、おおむね200枚をひとつの単位として摺り、これを「一杯」と呼びました。

7:浮世絵の販売

最初に摺り上がった一杯(200枚)は、「初摺」(しょずり)として絵草紙屋(えぞうしや)や地本問屋の店頭に並びます。

浮世絵好きな江戸の人々は、この初摺を手に入れるために店頭へ押し掛けました。それは、初摺は丁寧に作られていたため。あとから増刷される「後摺」(あとずり)になると、版木が摩耗して線が潰れていたり、絵具が足らなくなって絵師が指定した色とは違う色で摺られたりすることがありました。

絵師のファンは、その絵師が摺りの段階で立ち会ってしっかり監修した作品がほしいので、発売日の朝に初摺を買い求めたのです。