日本刀の名工・名匠

天下三作「吉光」、「正宗」、「義弘」

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「天下三作」(てんがさんさく)とは、江戸時代に「享保名物帳」で、天下に名高い名刀であると別格に扱われた3人の刀工及び作刀のことです。それは、「吉光」(よしみつ)、「正宗」(まさむね)、「義弘」(よしひろ)。3人とも鎌倉時代に生まれ、卓越した技量を誇りました。天下三作の特色や代表的な刀について、詳しくご紹介します。

天下三作とは

徳川吉宗

徳川吉宗

天下三作とは、天下に名高い「吉光」、「正宗」、「義弘」及びその作刀のことです。「天下の三腰」(てんかのみこし)または「名物三作」(めいぶつさんさく)とも言われます。

名物」とは「享保名物帳」(きょうほうめいぶつちょう)に収載された名刀のこと。享保名物帳は、1719年(享保4年)に江戸幕府8代将軍「徳川吉宗」の命で、刀剣鑑定家「本阿弥光忠」とその一族が選定・解説・編纂をした名刀図鑑のことを言います。

本阿弥家が鑑定をした、将軍家や諸大名の所蔵刀など、全250振を紹介。このなかで正宗の刀は41振(焼失分18振)、吉光の刀は16振(焼失分18振)、義弘の刀は11振(焼失分11振)と、別格に多く取り上げられていることから、この3人の刀が名物三作と呼ばれるようになりました。

なお、吉光、正宗、義弘の3人は、安土桃山時代に「織田信長」、「豊臣秀吉」に珍重されたことでも有名です。この享保名物帳に収載された刀の多くが、現在の国宝重要文化財に指定されているのです。

天下三作の特色

鎌倉時代は、1274年(文永11年)「文永の役」、1281年(弘安4年)「弘安の役」と2度も元寇(蒙古襲来)があり、戦が乱立。外国の刀剣に対して日本刀は繊細で折れやすく、扱いにくいなどの脆さが露呈し、それを克服する「新しい刀」が必要とされたのです。

そこで生まれたのが「相州伝」(そうしゅうでん)。吉宗、正宗、義弘の刀はまさにその端境期に作られていたのです。織豊時代は政治にも利用され、あまりの人気にたくさんの偽物が出回りました。

吉光

吉光は鎌倉時代中期に山城国粟田口(現在の京都府)で活躍した刀工。生没年は不詳です。粟田口派に属したことから「粟田口吉光」、通称で「藤四郎」(とうしろう)、「藤四郎吉光」とも呼ばれます。

粟田口派は、鎌倉時代初期に「国家」(くにいえ)が始めた刀工一派。後鳥羽上皇の御番鍛冶にも選ばれたほど、格調が高く洗練された作風。吉光は粟田口派中興の祖と言われ、多くの名刀を作り上げました。

吉光の刀の特徴は、とにかく優美。地鉄(じがね)は小板目肌(こいためはだ)、刃文(はもん)は直刃調(すぐはちょう)で互の目(ぐのめ)を連ねる沸出来(にえでき)で、気品が高く重厚です。

相州伝が生まれる少し前の時代となるため、身幅(みはば)が狭く繊細で上品という優美さが追求された姿。重ねが厚く、刃文は直刃調で、焼出しに互の目を連ねます。(なかご)が長いのも特徴です。

「短刀作りの名手」と呼ばれ、気品のある吉光の短刀は、室町時代には最上級の武家の贈答品とされ、持主の身を守ってくれる刀として珍重されました。

なお、現存する吉光の刀はほとんどが短刀で、「〇〇藤四郎」と号が付けられています。太刀は豊臣秀吉が所持した「一期一振」の1振しか存在しません。

正宗

正宗は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて、相州国鎌倉(現在の神奈川県鎌倉市)で活躍した刀工です。「相州正宗」、「岡崎正宗」、「五郎入道」とも呼ばれています。

正宗は、相州伝の実質的な祖と言われる「新藤五国光」(しんとうごくにみつ)に師事。炭素量が異なる硬軟2種類の鉄を合わせた地鉄を作り出し、「折れない、曲がらない、良く斬れる」と謳われた相州伝を完成させた人物です。

正宗の刀の特徴は、覇気があり華美堅実なところ。地鉄は硬軟の鉄を組み合わせた相州伝の鍛えで、身幅は広くて豪壮なうえ重ねは薄く軽量化に成功しています。刃文は乱刃(みだれば)で、湾れ(のたれ)乱れに互の目が掛かり、ゆったりとしていて華やか。また、美しい沸本位で(にえ)が小さい星のようにキラキラと輝き、刃中には金筋(きんすじ)、稲妻が見られます。

銘は短刀に4振あるのみで、太刀に切った物はありません。その理由として「能阿弥本」には、「正宗は自信家で、自分の作刀は日本一だから、誰にも間違えられる心配はないから」などと書かれています。正宗を師事した優秀な弟子10名は「正宗十哲」(まさむねじってつ)と呼ばれ、正宗と同様に讃えられています。

義弘

義弘とは、江義弘/郷義弘(ごうよしひろ)のことです。鎌倉時代末期に、正宗に師事して相州伝を習得し正宗十哲のひとりとなった人物です。在銘の刀が全くないのも特色。

「ごう」と言う名前は、越中国松倉郷(現在の富山県魚津市)で作刀したことから「郷」、大江氏の出自であることから「江」と名付いたなど諸説あります。

義弘の作風は、地鉄は板目肌が詰み、刃文は湾れ乱れで沸(におい)が深く、地刃共に明るく冴えるのが特徴です。

27歳という若さで死去したため作刀が少なく、多くの偽物が出回りました。「郷とお化けは見たことがない」と言われるほど、誰もが一度は観てみたい憧れの刀です。

刀剣ワールドで観ることができる天下三作

吉光、正宗、義弘の刀とは、どのような刀なのでしょうか。バーチャル刀剣博物館「刀剣ワールド」ならば、「刀剣名刀図鑑」または「刀剣ワールド所蔵刀」にて、天下三作の刀を鑑賞することができます。さあ、吉光、正宗、義弘の刀を鑑賞してみましょう。

吉光

吉光の刀は、国宝が4振、重要文化財が9振、御物(ぎょぶつ)が2振です。

刀剣ワールドの刀剣名刀図鑑では、国宝「厚藤四郎」(あつとうしろう)や国宝「短刀 銘 吉光」、御物「一期一振」など、全16振を鑑賞することができます。それでは、国宝 厚藤四郎を鑑賞してみましょう。鑑賞ポイントは以下の5つです。

国宝 厚藤四郎(東京国立博物館所蔵)

厚藤四郎

厚藤四郎

①身幅 狭い(1.9cm)
②茎 長い(10.67cm)
③刃文 直刃調だけれど焼出しに小互の目が見られる
④帽子 小丸に返って美しい
⑤重ね 厚い(約1.1cm)

国宝 厚藤四郎は、重ねが厚く、他の刀の平均で2倍もあることが名前の由来となっています。地鉄は板目肌がみ、地沸(じにえ)がキラキラ輝き美しく、刃文は直刃調で焼出しに互の目を連ねる、まさに吉光らしい1振です。

正宗

正宗の刀は国宝が9振(太刀4振、短刀5振)、重要文化財は10振もあります。「刀剣名刀図鑑」では、国宝「観世正宗」や御物「会津正宗」、また刀剣ワールド財団が所蔵する2
振と、全17振を鑑賞できます。

刀剣ワールド財団所蔵の「刀 無銘 伝正宗」を鑑賞してみましょう。

刀 無銘 伝正宗(刀剣ワールド財団所蔵)

刀 無銘 伝正宗

刀 無銘 伝正宗

①身幅 広い(約2.9cm)
②茎 大磨上、先栗尻
③刃文 湾れに互の目、丁子を交える華やかな乱刃。沸本位で金筋も掛かる。
④地鉄 板目が良く詰み、地沸厚く、地景、地斑入る。
⑤重ね 薄い(約0.4cm)

刀 無銘 伝正宗は、身幅が広く重ねが薄いという相州伝の特徴を良く表わした1振です。地鉄は板目肌が良く詰んで青黒く、刃文は沸本位で小湾れ乱れに互の目が交ざり、金筋も掛かる逸品で棒樋(ぼうひ)も彫られています。棒樋は不動明王の化身である素剣を表わすと共に、刀身の重量をさらに軽くする作用があります。

義弘

義弘の刀は、国宝が2振、重要文化財が5振。刀剣名刀図鑑では、国宝「富田江」(とみたごう)や国宝「名物 稲葉江」(いなばごう)など全8件を観ることができます。

国宝 名物 稲葉江を鑑賞してみましょう。

国宝 名物 稲葉江(柏原美術館所蔵)

稲葉江

稲葉江

①身幅 広い(約2.9cm)
②茎 大磨上、先剣形。指表に「所持稲葉勘右衛門尉」、指裏に「天正十三十二月日江本阿弥磨上之(花押)」の金象嵌銘がある。
③刃文 小湾れに互の目交じり、足入り、匂深く明るく冴える。
④地鉄 小板目肌が詰み、地沸細かに厚く付き、地景入り明るく冴える。
⑤重ね 厚い
⑥帽子 一枚帽子

稲葉江は、美濃国(現在の岐阜県)の清水城城主「稲葉勘右衛門尉」(いなばかんうえもんのじょう)が所持した刀。「徳川家康」が所望し、500貫で召し上げたと言われています。本刀は義弘の最高傑作。姿は身幅が広く、重ねが厚く、腰反りで穏やか。地鉄は小板目肌が精美に詰み、刃文は刃先の乱れが華やかで明るく冴え、一枚帽子(いちまいぼうし:鋒/切先全体が焼刃になっている物)となっているのが秀逸です。