刀剣の豆知識

たたら製鉄の解説

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「たたら製鉄」とは、日本における製鉄法のこと。日本で製鉄が行なわれるようになった時期に関しては諸説ありますが、古墳時代後期頃からと言われており、たたら製鉄の前進となる製鉄法もこの時期から行なわれるようになりました。
製鉄技術が飛躍的に向上した現代でも、限られた時期、地域で操業されており、生産された良質な鋼「玉鋼」(たまはがね)は全国の刀工(刀鍛冶)へ頒布されています。日本が誇る伝統技術のひとつ「たたら製鉄」とは何か。たたら製鉄の基本知識をご紹介します。

たたら製鉄とは

「たたら」とは

たたら製鉄(踏み鞴)

たたら製鉄(踏み鞴)

「たたら」とは、製鉄の際に使用される足踏み式送風器具「」(ふいご)の通称のこと。

日本のアニメ制作会社「スタジオジブリ」が手掛けた長編アニメーション映画作品「もののけ姫」で、「たたら場」の女性達が歌を歌いながら踏んでいたのが踏み鞴です。

なお、たたらと言う名称は、古くは製鉄法以外に製鉄炉や施設そのものを指していました。製鉄法に限定して用いられるようになったのは、20世紀に入ってからと言われています。

たたらの名称由来である鞴は、製鉄炉などと同様に時代や地域で様々な大きさや形状が存在しましたが、基本的な構造は同じです。

粘土製の箱を2つ並べて配置し、それぞれに「しま板」と呼ばれる板を置き、上から交互に踏むことで風を送り込み、製鉄炉の燃焼を促します。

はじめは6人前後の人数で行なわれていましたが、時代が下ると1人、または2人が交代しながら送風を続けることができる小規模な「天秤鞴」(てんびんふいご)が考案され、生産量や効率が格段に向上しました。なお、鞴の作業者を「番子」(ばんこ)と言い、この言葉は交代で作業を行なう「代わりばんこ」の由来になったと言われています。

玉鋼誕生物語~たたら製鉄~

玉鋼誕生物語~たたら製鉄~

2つの製鉄法

たたら製鉄には、大きく分けて「銑押し法」(ずくおしほう)と「鉧押し法」(けらおしほう)の2つに分けられており、それぞれ生産できる鉄素材が異なるのが特徴です。

銑押し法
銑押し法は、「銑鉄」(ずくてつ/せんてつ)を得るための製鉄法。銑鉄とは、「赤目砂鉄」(あこめさてつ)を原料にして精製される、炭素の含有量が高く溶けやすい鉄素材のこと。

加工がしやすいため、釘や鍋、農具などの大量生産品に用いられました。4日間をかけて操業されることから「4日押し」とも呼ばれています。

鉧押し法
鉧押し法は、「鉧」(けら)を得るための製鉄法。

鉧とは、不純物が少ない「真砂砂鉄」(まささてつ)を原料にして精製される、炭素の含有量が低く溶けにくい鉄素材のこと。日本刀の原材料となる良質な鋼「玉鋼」は鉧の中に含まれており、破砕することで得られます。

銑鉄と違い、頑丈な特性であるため、日本刀をはじめ様々な刃物類や工具などに用いられました。操業期間が3日間であることから「3日押し」とも呼ばれています。

たたら製鉄の変遷

たたら製鉄は、いつから開始されたのか明確になっていない製鉄法です。その理由は主に2つあります。

ひとつは、製鉄炉の素材。炉には粘土が使用されており、操業が終わるたびに取り壊して中の鉄を取り出していました。そのため、史料としてほとんど見つかっていないのです。もうひとつは、技術伝承の問題。製鉄に限らず、職人と呼ばれる人びとの多くは一子相伝でその技術が受け継がれてきました。

そのため、文献としての資料はほとんど残されておらず、また後継ぎがいなければその技術は途絶えてしまいます。

たたら製鉄が成熟期を迎えたのは、19世紀はじめ頃と言われていますが、明治時代になると海外から安価な輸入鋼材が流入したことで国内製鉄は衰退。1923年(大正12年)に商業生産を終えたことで、銑押し法の技術は失われました。

一方で鉧押し法は、軍刀需要によって終戦まで操業しましたが、1945年(昭和20年)終戦後の武装解除と共に操業を停止。

そのあとたたら製鉄は、戦後設立された公益財団法人「日本美術刀剣保存協会」通称「日刀保」(にっとうほ)など、刀剣関係者の尽力によって「日刀保たたら」として復元。

日刀保たたらは現代でも操業されており、ここで精製された玉鋼が全国の刀匠へ頒布されています。

日本刀作りに欠かすことのできない、たたら製鉄についてご紹介します。

玉鋼とは

名称について

玉鋼

玉鋼

玉鋼とは、純度が極めて高い鋼のこと。たたら製鉄の鉧押し法で精製される高品質の鋼で、その名称が定着したのは明治時代中頃。

それ以前の名称については諸説ありますが、天文年間(1532~1554年)に高品質の鋼を「白鋼」(しらはがね)と呼んでいたことが確認されているため、これがのちに玉鋼と呼ばれるようになったのではないかと言われています。

玉鋼の名称由来は主に3説あり、ひとつ目は宝石のことを「玉」と呼ぶため、品質が高い鋼にも玉と付けた説。

2つ目は、戦時中に生産されていた「坩堝鋼」(るつぼこう:坩堝製鋼法で精製される特殊鋼)で大砲の弾丸(たま)を製造していた名残から付けられた説。

3つ目は、戦時中に坩堝鋼の材料を陸海軍から求められた際に、当時最上品と言われていた「造鋼」(つくりはがね)や「粒鋼」(つぶはがね)の代わりとして、造鋼より品質が低いと思われていた玉鋼を納入したところ、他の鋼よりも評価が高かったことから良品質の鋼を玉鋼と呼ぶようになった説です。

日本刀に関する基礎知識をご紹介します。

玉鋼の等級

玉鋼は、20世紀に入ってから操業を開始した「靖国たたら」と日刀保たたらそれぞれで等級を付けられていました。靖国たたらとは、戦時中、軍刀需要に応える形で操業した、たたら製鉄のこと。日刀保たたらは、戦後になって美術刀剣を製造するために操業を開始した、たたら製鉄のことです。

玉鋼は、靖国たたらでは鶴、松、竹、梅の4段階。日刀保たたらでは1級品、2級品、3級品に分類しました。

分類の基準に関してもそれぞれ異なっており、靖国たたらでは「炭素の含有量」、「不純物の含有量」で決定し、日刀保たたらではこれに加えて「破面」(金属を破砕した際の断面)の状態が均一であるかどうかも選別基準となっています。

なお、日本刀を制作する際に用いられるのは、1級品や2級品など最高品質に分類される玉鋼です。

現代のたたら製鉄

玉鋼の生産量

日刀保たたらは、毎年冬に3回、操業されます。1回の操業は3昼夜通して行なわれ、このとき使用される原料は砂鉄約10t、木炭約12t。

精製される鉧は約2.5t、このうち玉鋼は約1tです。3回の操業で精製された約3tの玉鋼はその後、全国の刀匠に頒布されます。

日刀保たたら以外のたたら製鉄

現在、継続的に操業しているたたら製鉄は、日刀保たたらのみですが、町おこしのイベントや、研究者、愛好家などが主体となって操業する例も存在。

また、理科と総合学習の一環として、全国の学校で小規模のたたら製鉄体験が実施されている他、製鉄された鉄素材を刃物へ加工する「鍛冶」の体験をあわせて行なう学校もあります。