日本刀職人の仕事

鞘師の仕事

文字サイズ
性格が合わないことを意味する「反りが合わない」と言う言葉は、刀身の反りと鞘の反りが合わないことが由来となった言葉です。どの刀もそれぞれ反りや幅、長さなどが違うため、鞘はすべてがオーダーメイド。刀の鞘を作る職人である「鞘師」(さやし)の仕事は、刀の1振1振に向き合って制作されるのです。刀の保護を目的とした保管用の「白鞘」(しらさや)と、持ち歩く際に付けられる装飾も目的とした「拵下地」(こしらえしたじ)の2種類を作る鞘師は、刀のケアと刀を美しく見せるための演出の双方を担う職人なのです。

鞘師とは

鞘師の仕事

鞘師

鞘師

「鞘師」(さやし)とは、刀を収める筒状の入れ物「」を制作する職人のことを指します。鞘は刀になくてはならない物。理由として、抜き身のままでは刀を持ち運ぶ際に怪我をする可能性があり危険なためですが、鞘の役割はそれだけでなく、刀の保護も目的にしています。

刀は、抜き身のままで保管しておくと、湿気などにより錆や腐蝕などの劣化の原因となってしまうのです。鞘師の制作する鞘は、「」(こしらえ:鞘の他に、鍔や三所物など、一連の外装のこと)の「拵下地」となる鞘と、「白鞘」(しらさや)と呼ばれる、鍔などのない、白木のままの鞘の2種類が存在。拵は持ち運ぶ際や、鑑賞する際に付けられる鞘で、白鞘は保管しておく際に用いられます。

厚みや反りなど、刀の姿はそれぞれ千差万別であるため、鞘のひとつひとつがオーダーメイド。鞘は刀身に沿ってスムーズに出し入れできなければいけませんが、刀身にあまりにも反りがない場合や反りが強すぎる場合は、鞘を工夫することで刀身の反りを調整し、見た目良く仕上げるという作業も鞘師の仕事なのです。

また、拵は打刀用と太刀用では造形が変わり、時代ごとに必要な部品も違います。そのため、鞘師は刀装の歴史的変遷や種類によって異なる様々な種類の拵を覚える必要があるのです。

鞘師になるには

2020年時点での鞘師の人数は50人ほどいますが、専業の鞘師として働いている人は、その半分とされています。鞘は劣化する物であることから、その都度作り替えが必要な部分。また、所有者の好みによって新調されやすい部分でもあります。

そのため、鞘師や拵を作る職人につど注文をすることになりますが、現在は鞘制作の講習会なども開かれており、自分の手で鞘を制作する人もいるのです。

鞘師になるには、他の日本刀職人への道と同じように、熟練の鞘師の弟子にしてもらい、修行する必要があります。一人前の鞘師になるには、最低でも10年間の修行期間が必要です。

鞘制作の工程

鞘の素材

朴の木

朴の木

鞘の素材として用いられるのが「朴」(ほお)の木。かつては杉や檜なども鞘の素材として使われていましたが、一般的に朴の木が用いられるようになったのは、朴の木は適度なやわらかさで加工がしやすく、錆の原因となる灰汁が少なく、湿気の侵入などを防ぐことから、刀身を保護するために適しているためです。

鞘師は良質な朴の木を入手し、切り出した木材を加工する前にまず乾燥をさせます。乾燥させる期間は1~10年とまちまちですが、最低でも1年間は直射日光の当たらない風通しの良い場所に置いて、乾燥させなければいけません。

切断

板の上に刀身を置き、型を取ります。鞘は2枚の板を彫り、貼り合わせて制作するため、柄となる用と刀身用となる2種類の大きさの木材を2枚ずつ切り出していくのです。

掻き入れ

搔き入れの様子

搔き入れの様子

ノミで大まかに削り、小刀で鞘の形に均しながら少しずつ整形。刀の姿によって彫られる溝が変わるので、平ノミや丸ノミなど様々な種類のノミが使われるのです。

このとき大切なのが、刀身の台入れをスムーズにする「刃道」と呼ばれる刃が入る道の制作と、鞘と刀身が触れ合わないように調整する作業。

刀身は鞘に触れたところから錆の原因となるため、刀身に油を塗り、油が付いた、刀と接触する箇所を確認しながら微調整をしていきます。最後に、鎺(はばき)を入れる「鎺袋」を制作。

糊付け

刀身に合わせて削って微調整をした2枚の板を、「続飯」(そくい)と呼ばれる接着剤で貼り合わせます。続飯とは、ご飯粒を練り合わせて作った糊のこと。

続飯は乾くのに時間がかかるため、糊付けを行ったあとは紐や楔(くさび)などで固定して乾燥するのを待ちます。このとき、2枚の板を貼り合わせたことが分からないほど精密に貼り合わせるのがポイントです。

仕上げ磨き

乾燥したら、表面をカンナで削り、目釘穴を開け、面取りをして均していきます。次に研磨をしていきますが、表面に艶が出るまで磨くのは、磨くことによって木が水を弾き、湿気を含みにくくなるため。

サンドペーパーを使うと、木の木目がつぶれたり、研磨したときに出る粒子が刀身を傷付けたりするおそれがあるため、トクサなどの木の葉を使って表面を磨きます。白鞘は以上の工程で完成です。拵下地の場合は、上から漆塗や柄巻を施すため、鞘自体を白鞘よりも薄めに制作します。

鯉口(こいくち:鞘の刀身側の入り口にあたる部位)や鐺(こじり:鞘の下端に付けられる金具)、栗形(くりがた:下緒[さげお]を通すための部位)、返角(かえりづの:鞘が腰から抜けないように帯に掛けるための留め具)などの刀装具をはめ込む部位を作り、次の職人である「塗師」(ぬし)や「柄巻師」(つかまきし)、「金工師・鍔工師」(きんこうし・つばこうし)のもとで鞘が完成するのです。

鞘師の道具

ノコギリ

朴の木を切断する際に使用。電動ノコギリを用いる場合もあります。

小刀・鑿(ノミ)

朴の木の内部を削って刀身に沿って成形する際に使用。様々な大きさ・種類を備えています。

(カンナ)

鞘の表面を磨く際に使用。数種類のカンナを用いてきれいに均していきます。

木の葉

鞘の表面を細かく磨く際に使用。サンドペーパーで磨くと、鞘の木目がつぶれてしまうことから木の葉が使用されています。鞘師によって用いられる木の葉は変わりますが、朴葉やトクサ、椋(むく)などが一般的。

砥石

鑿や鉋などを研ぐ際に使用します。

続飯
続飯

続飯

2枚の板状になった鞘を接着する際に使用。ご飯粒を練り合わせて作った糊で、鞘内部に付いた錆などを除去する際、鞘の接着部を割りやすく復元もしやすいことから重用されました。

紐・楔

接着した鞘を、続飯が乾くまで縛って固定する際に使います。