模造刀

模造刀オススメ10選!

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名古屋刀剣ワールド/名古屋刀剣博物館(愛知県名古屋市中区栄)では、最大200振の歴史ある日本刀を展示すると共に、日本刀をより身近に感じてもらえるよう、購入できる「模造刀」を用意する予定です。真剣の日本刀よりも手軽に所持することができ、価格も手頃ながら品質は高く、いずれも日本刀ファンの眼鏡に適う逸品揃いです。そのなかから、特におすすめの模造刀10振をピックアップしました。
10振すべて強度が高く、「居合刀」(いあいとう)として使うことも可能となっています。
公益財団法人日本美術刀剣保存協会【ハートマークショップ】名古屋刀剣ワールド ミュージアムショップ
ネット通販サイトでは、刀剣にまつわる歴史品(模造刀・グッズ)が購入できます。

宮本武蔵「和泉守藤原兼重」

「巌流島」(山口県下関市)での「佐々木小次郎」(ささきこじろう)との決闘が有名な剣豪「宮本武蔵」(みやもとむさし)。戦国武将としては、「関ヶ原の戦い」において豊前国(現在の福岡県東部、大分県北部)を治める東軍の「黒田官兵衛」(くろだかんべえ)にしたがって九州で戦い、その後の「大坂の陣」では、「水野勝成」(みずのかつなり)の客将として徳川方で参陣したと伝えられています。

そんな宮本武蔵の愛刀は、越前国(現在の福井県北東部)の刀工「和泉守藤原兼重」(いずみのかみふじわらかねしげ)の手による傑作刀です。和泉守藤原兼重は、宮本武蔵とは懇意であったとされ、宮本武蔵の口利きによって戦国武将「藤堂高虎」(とうどうたかとら)に召し抱えられました。和泉守藤原兼重はまた、「江戸新刀」を代表する刀工「長曽祢虎徹」(ながそねこてつ)の師としても知られています。

この、宮本武蔵の愛刀和泉守藤原兼重をモデルとした模造刀は、(さや)をワイン艶に仕上げ、(つか)には黒色の本鮫皮(エイの皮)を使用。柄巻は、時代黒正絹捻り巻とした本格派です。互の目(ぐのめ)を特徴とした和泉守藤原兼重の刃文も見事に再現されています。

模造刀「和泉守藤原兼重」

模造刀「和泉守藤原兼重」

  • 黒田官兵衛のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

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  • 田官兵衛のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

  • 黒田官兵衛のエピソードや、関連のある刀剣・日本刀をご紹介します。

  • 刀工「長曽祢虎徹」の情報と、制作した刀剣をご紹介します。

  • 「江戸新刀」をはじめ、日本刀に関する基礎知識をご紹介します。

  • 「柄巻とは」をはじめ、日本刀に関する基礎知識をご紹介します。

  • 「模造刀とは」をはじめ、日本刀に関する基礎知識をご紹介します。

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  • 武将達が戦った全国各地の古戦場をご紹介!

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    「関ヶ原の戦い」の経緯や結末、関ヶ原の現在についてご紹介します。
  • 岐阜関ケ原古戦場記念館
    「岐阜関ケ原古戦場記念館」の体験コーナーや展示内容など、施設の魅力をご紹介します。

直江兼続「備前国長船住兼光」

直江兼続」(なおえかねつぐ)は、「上杉謙信」の養子で跡取りである「上杉景勝」(うえすぎかげかつ)に幼少の頃より仕え、生涯忠義を尽くした智将です。

兜の前立てに掲げられた「愛」の文字が有名ですが、これは直江兼続が崇拝する仏教の守護神「愛染明王」(あいぜんみょうおう)から拝したとも、主君の上杉景勝が崇拝した「毘沙門天」(びしゃもんてん)と同じ軍神の「愛宕権現」(あたごごんげん)にちなむとも言われています。

直江兼続は、備前国長船(現在の岡山県瀬戸内市)を拠点とした刀工「備前長船兼光」(びぜんおさふねかねみつ)の作品を愛刀としていました。備前長船兼光を名乗る刀工は4工が存在したとされ、一般的には南北朝時代の1356~1361年(延文年間)頃に活動した2代「兼光」を指します。

ここでご紹介する模造刀は、直江兼続の愛刀「備前国長船住兼光」(びぜんのくにおさふねじゅうかねみつ)をイメージして制作されました。黒い本鮫皮を使用した柄は、黒正絹捻り巻で重厚感にあふれ、鉄製の鍔(つば)には、「愛」の文字があしらわれています。

模造刀「備前国長船住兼光」

模造刀「備前国長船住兼光」

  • 直江兼続のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

  • 上杉謙信のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

  • 上杉景勝のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

  • 直江兼続のエピソードや、関連のある刀剣・日本刀をご紹介します。

  • 上杉謙信のエピソードや、関連のある刀剣・日本刀をご紹介します。

  • 刀工「兼光」の情報と、制作した刀剣をご紹介します。

土方歳三「和泉守兼定」

幕末期の幕臣であった「土方歳三」(ひじかたとしぞう)は、「近藤勇」(こんどういさみ)、「沖田総司」(おきたそうじ)らと「新選組」を組織し、副長となりました。新選組とは、京都の治安維持活動を目的とした浪士隊のことです。

新選組は「鳥羽・伏見の戦い」で新政府軍に敗れたのち解隊しますが、土方歳三は「戊辰戦争」最後の戦いとなった1869年(明治2年)の「函館五稜郭の攻防戦」(現在の北海道函館市)に参戦。そこで命を落とします。

激動の幕末を駆け抜けた土方歳三の愛刀は「和泉守兼定」(いずみのかみかねさだ)。制作者は、会津藩のお抱え刀工であった会津11代和泉守兼定です。

和泉守兼定の日本刀は質実剛健な作りが特徴で、機能的にも優れ、新選組の隊士達に好まれたと言われています。模造刀の和泉守兼定においても、質実剛健な作りが再現された佇まいが魅力です。

柄は白色の本鮫皮に、時代黒正絹捻り巻の柄巻。茶石目艶(ちゃいしめつや)の美しい鞘が、いっそうの存在感をにじませています。

模造刀「和泉守兼定」

模造刀「和泉守兼定」

  • 歴女に人気の「新撰組」についてご紹介します。

  • 歴史上の人物が活躍した合戦をご紹介!

  • 土方歳三のエピソードや、関連のある刀剣・日本刀をご紹介します。

  • 沖田総司のエピソードや、関連のある刀剣・日本刀をご紹介します。

  • 刀工「和泉守兼定」の情報と、制作した刀剣をご紹介します。

  • 和泉守兼定

    様々な「名刀」と謳われる刀剣を検索できます。

  • 武将達が戦った全国各地の古戦場をご紹介!

  • 会津藩をはじめ、江戸時代の代表的な100藩を治世などのエピソードをまじえて解説します。

近藤勇「長曽祢虎徹」

新選組の局長として知られる近藤勇。京都の治安維持のため、「尊王攘夷派」(そんのうじょういは:天皇を尊び、外国を排斥しようとする一派)の取り締まりにあたりますが、戊辰戦争における「甲州勝沼の戦い」(現在の山梨県甲州市)で新政府軍に敗北し、処刑されることとなりました。

近藤勇は大の愛刀家であり、暇さえあれば日本刀の話をしていたとの逸話が残っています。愛刀は長曽祢虎徹。講談などに登場する近藤勇の「今宵の虎徹は血に餓えている」という決め台詞は、耳にしたことがある方も多いのではないでしょうか。

制作者の長曽祢虎徹は、もともと甲冑師でしたが、50歳を超えてから作刀に携わり、新刀期を代表する名工となった稀有な人物です。

愛刀の長曽祢虎徹を手に、幕末の動乱期を戦い抜いた近藤勇。その精神を表すかのような豪壮さは模造刀にも宿っています。刀工・長曽祢虎徹の技が細部まで再現された傑作模造刀に触れて、近藤勇の生き様に思いを馳せてみませんか。

模造刀「長曽祢虎徹」

模造刀「長曽祢虎徹」

真田幸村「千子村正」

真田幸村」(さなだゆきむら:「真田信繁」[さなだのぶしげ]のこと)は、勇敢な戦いぶりから、現代でも人気の高い戦国武将です。1615年(慶長20年)の「大坂夏の陣」では、豊臣方の武将として戦い、「徳川家康」の本陣まで攻め込む活躍を見せました。この武勇から、のちに「日本一の兵」(ひのもといちのつわもの)と称されることとなります。

真田幸村の愛刀「千子村正」(せんじむらまさ/せんごむらまさ)は、室町時代に伊勢国桑名郡(現在の三重県桑名市)に興った刀工一派「村正」の日本刀です。「村正」の日本刀と言えば、徳川家に祟りをなすと言われ、恐れられたことで広く知られるようになりました。

その村正一派の開祖とされるのが千子村正です。村正の母が、「矢田走井山」(やだはしりいざん:三重県桑名市)に祀られた「千手観音」に祈願して授かったことから、千手観音の申し子であるとして「千子」の姓を名乗ることになりました。そのあと村正の名前は、数代の刀工に受け継がれています。

徳川家康をも恐れさせた真田幸村と愛刀千子村正。精緻に再現された模造刀からは、その妖しい迫力すら伝わってくるようです。日本刀ファンが待ち望んだ、真田幸村モデルの千子村正からは目が離せません。

模造刀「千子村正」

模造刀「千子村正」

  • 真田幸村のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

  • 徳川家康のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

  • 徳川家の来歴をはじめ、ゆかりの武具などを紹介します。

  • 徳川家康のエピソードや、関連のある刀剣・日本刀をご紹介します。

  • 刀工「村正」の情報と、制作した刀剣をご紹介します。

  • 歴史上の人物が活躍した合戦をご紹介!

  • 武将達が戦った全国各地の古戦場をご紹介!

織田信長「へし切長谷部」

織田信長

織田信長

「へし切長谷部」という号には、「織田信長」の厳しい一面を示す逸話が残されています。織田信長は、自分への敵対行為を働いた「観内」(かんない)という茶坊主を成敗しようとしました。

ところが、観内は逃げ出し、台所の膳棚(ぜんだな:お膳や食器を収納する棚)の下へ隠れます。怒りがおさまらない織田信長は、膳棚ごと観内を圧し切ってしまったのです。

このとき用いられた「長谷部国重」(はせべくにしげ)作の日本刀に、へし切長谷部の号が付けられました。

制作者の長谷部国重は、南北朝時代に山城国(現在の京都府)で活躍した刀工です。「長谷部一派」の開祖であり、名工「正宗」に学んだ高弟「正宗十哲」(まさむねじってつ)のひとりに数えられます。

織田信長モデルの模造刀へし切長谷部には、特徴的な刃文である「皆焼刃」(ひたつらば)が再現され、刀身部分の個性でも他には引けを取りません。皆焼刃とは、荒波のような刃文が、刃先だけではなく地鉄(じがね)にも入っている状態のことで、たいへんに華やかです。

戦国の覇者にふさわしい1振であり、織田信長ファンにおすすめの傑作模造刀となっています。

模造刀「へし切長谷部」

模造刀「へし切長谷部」

  • 織田信長のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

  • 織田信長のエピソードや、関連のある刀剣・日本刀をご紹介します。

  • 刀工「長谷部国重」の情報と、制作した刀剣をご紹介します。

  • へし切長谷部

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  • 日本刀の歴史に名を残した、数々の名工をご紹介します。

  • 刀工「正宗」の情報と、制作した刀剣をご紹介します。

豊臣秀吉「一期一振」

足軽の子から天下人まで上り詰めた「豊臣秀吉」は、無類の日本刀コレクターでもありました。そのコレクションのなかでも、屈指の名刀が「一期一振」(いちごひとふり)です。

制作した刀工は、鎌倉時代中期に山城国で活躍した「粟田口吉光」(あわたぐちよしみつ)。粟田口吉光の作品は、相州国(現在の神奈川県)の正宗、越中国(現在の富山県)の「郷義弘」(ごうよしひろ:「江義弘」とも)と並び「天下三作」(てんがさんさく)と呼ばれています。

短刀を得意とした粟田口吉光の太刀(たち)は珍しく、一生に一度巡り会えるかどうかの最高傑作という意味で一期一振と名付けられました。

模造刀という形ではありますが、豊臣秀吉が愛した一期一振を入手できれば、一生の宝になると言えます。部屋に飾っても、ひときわ映える模造刀の逸品を眺め、天下人の気分を味わってみてはいかがでしょうか。

模造刀「一期一振」

模造刀「一期一振」

  • 豊臣秀吉のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

  • 豊臣秀吉のエピソードや、関連のある刀剣・日本刀をご紹介します。

  • 日刀工「吉光」の情報と、制作した刀剣をご紹介します。

  • 刀工「郷義弘」の情報と、制作した刀剣をご紹介します。

  • 一期一振

    様々な「名刀」と謳われる刀剣を検索できます。

  • 「天下三作とは」をはじめ、日本刀に関する基礎知識をご紹介します。

  • 「短刀とは」をはじめ、日本刀に関する基礎知識をご紹介します。

  • 「太刀とは」をはじめ、日本刀に関する基礎知識をご紹介します。

徳川家康「ソハヤノツルキ」

徳川家康が大切にしていた太刀「ソハヤノツルキ」は、銘に「妙純傳持(みょうじゅんでんじ)ソハヤノツルキ ウツスナリ」と切られていることから、平安時代の征夷大将軍「坂上田村麻呂」(さかのうえのたむらまろ)が佩用した「楚葉矢の剣」(そはやのつるぎ)の写しであると考えられています。

このソハヤノツルキの制作者は、筑後国(現在の福岡県北部)の刀工「三池典太光世」(みいけてんたみつよ)という説が有力ですが、確かなことは分かっていません。

徳川幕府を開き、戦国時代に終止符を打った徳川家康ですが、豊臣家の影響下にあった西国大名については警戒していました。そこで、この刀の鋒/切先(きっさき)を西へ向けて、久能山に納めるよう遺言します。遺言通り、徳川家康の愛刀は静岡県にある「久能山東照宮」へ安置され、徳川家の265年にわたる治世を見守ったのです。

霊験あらたかなソハヤノツルキは、模造刀としても威厳を感じさせる出来栄えとなっています。徳川家康モデルの(こしらえ)は、鞘から柄巻までほぼ黒色で統一され、観る者を畏怖させる力さえ備えているようです。通好みの1振と言えるでしょう。

模造刀「ソハヤノツルキ」

模造刀「ソハヤノツルキ」

  • 坂上田村麻呂のエピソードや、関連のある刀剣・日本刀をご紹介します。

  • ソハヤノツルキ

    様々な「名刀」と謳われる刀剣を検索できます。

  • 「鋒/切先」をはじめ、日本刀に関する基礎知識をご紹介します。

  • 「拵とは」をはじめ、日本刀に関する基礎知識をご紹介します。

  • 豊臣家の来歴をはじめ、ゆかりの武具などを紹介します。

「源清麿」

「源清麿」(みなもときよまろ)は、江戸時代後期に江戸で活躍した刀工です。若い頃から刀工を目指して技を磨くも、23歳のときに一念発起して武士を志し、軍学者で剣豪でもある「窪田清音」(くぼたすがね)に入門。そこで刀工の腕を評価され、再び作刀に専念することとなります。

酒におぼれたと伝わる源清麿ですが、「水心子正秀」(すいしんしまさひで)や「大慶直胤」(たいけいなおたね)と並び「江戸三作」と称される名工として名を残しました。また、四谷北伊賀町(現在の東京都新宿区)に住んだことから「四谷正宗」とも呼ばれています。

新々刀期随一の刀工として人気の高い源清麿。その作品は現代でも愛刀家の憧れですが、人気があるだけに、源清麿自身が手掛けた真剣の日本刀は高嶺の花と言えます。

そこで、源清麿の作品を忠実に再現した模造刀をご用意しました。源清麿が得意とした刃文である丁子(ちょうじ)交じりの互の目乱れも見事に表現されています。

模造刀「源清麿」

模造刀「源清麿」

日本刀の歴史に名を残した、数々の名工をご紹介します。

「孫六兼元」

「兼元」(かねもと)の名は、室町時代から江戸時代、そして現代まで続く刀工の名門です。なかでも、室町時代後期に美濃国関(現在の岐阜県関市)で活動した2代目は「孫六兼元」(まごろくかねもと)と呼ばれ、「関の孫六」の名称で広く知られています。

孫六兼元の手による日本刀は、実用性に優れ、戦国時代には、「武田信玄」、「黒田長政」(くろだながまさ)、「前田利政」(まえだとしまさ)、豊臣秀吉などの有名武将が佩用しました。

孫六兼元によって全国にその名を轟かせた「関鍛冶」の伝統技能は現代にも受け継がれ、関市は世界有数の「刃物のまち」として繁栄。包丁などの刃物産業のみならず、日本刀を鍛える刀工の活躍も注目を浴びています。

この孫六兼元モデルの模造刀も、関鍛冶の伝統と誇りが込められている名作中の名作。日本刀ファンの羨望の的となっているのです。

模造刀「孫六兼元」

模造刀「孫六兼元」

  • 武田信玄のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

  • 黒田長政のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

  • 刀工「孫六兼元」の情報と、制作した刀剣をご紹介します。

真剣にも引けを取らない出来栄え

模造刀は、真剣の日本刀とは材質が異なり刃もありません。「真剣を所持するのは、ちょっと怖い」と思う方も安心して購入できます。一方、その精緻な出来栄えはすばらしく、よく見なければ真剣と区別が付かないほどです。

模造刀に興味のある方はもちろん、これまで興味がなかったと言う方も、ぜひ直接手に取って観ることをおすすめします!