刀剣を鑑賞する

刀剣の折紙(おりがみ)とは

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刀剣の折紙とは、刀剣の鑑定結果が書かれた文書のことです。安土桃山時代に、本阿弥家(ほんあみけ)が発行を許され、刀剣の証明書という機能を持ちました。
刀剣の折紙について、歴史や読み方などを詳しくご紹介します。

刀剣の折紙とは

折紙と角印

折紙と角印

「折紙」とは、本来は文字通り、1枚の紙を2つ折りにした文書のこと。

奉書紙、檀紙が使用される公式文書、目録、鑑定書のことを指しました。

刀剣の折紙」とは、刀剣の鑑定書(鑑定折紙)のことです。刀剣に対する価値を証明し、公文書や贈答目録に付属されました。

折紙が発行された経緯には、諸説あります。

ひとつ目は、1596年(慶長元年)頃に、本阿弥家9代目「本阿弥光徳」(こうとく)が、「豊臣秀吉」から「池田輝政」を通じて折紙の発行を認められ「本」という角形の銅印を授けられたという説。

2つ目は、1597年(慶長2年)に、本阿弥光徳の願いにより、それを豊臣秀吉が許可したという説。

3つ目は、1616年(元和2年)に本阿弥光徳が「徳川家康」から「刀剣極所」(とうけんきわめどころ)に任命され、刀剣を鑑定してその価値を折紙に書いて発行することを許可されたという説です。

なお、豊臣秀吉が折紙を発行させたねらいは、真偽を定めるためというよりも、その刀剣に対する「価値付け」のため。「織田信長」が家臣に恩賞として授けていた「土地」の代わりを「茶道具」としたことにヒントに得て、豊臣秀吉も「刀剣」を恩賞としたと考えられるのです。

なお、茶道具を褒美にすることについては、豊臣秀吉は失敗。織田信長の死後、4年間は千利休と良好な関係が続きますが、1587年(天正15年)「北野大茶会」後に関係が決裂し、1591年(天正19年)、千利休を切腹へと追い込んでしまうのです。

その他、折紙には、「太刀折紙」(進物が太刀である場合の折紙)、「険相折紙」(刀剣の吉凶を占う険相家が発行した折紙)、「小道具折紙」(金工の後藤家が目貫などの小道具に対して発行した折紙)、「明珍折紙」(甲冑師・明珍大隅守宗介が信家鍔に対して発行した折紙)などがあります。

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本阿弥家とは

本阿弥家とは、初代「本阿弥妙本」(みょうほん)が、室町幕府初代将軍「足利尊氏」に同朋衆として仕えた時代から、刀剣の研磨や手入れ、鑑定を生業としてきた一族です。

代々将軍家の刀剣の諸事を司り、信用も高かったため、「刀剣極所」(とうけんきわめどころ)に抜擢されました。

本阿弥家は分家を含めて12家あり、刀剣極所では、刀剣の鑑定を本家・分家の合議制によって行ないました。なお、折紙を発行できたのは本家のみ。

歴代当主として有名なのは、豊臣秀吉や徳川家康に仕えた中興の祖である9代目・本阿弥家光徳です。

また、10代目「本阿弥家光室」(こうしつ)、11代目「本阿弥光温」(こうおん)、12代目「本阿弥光常」(こうじょう)、13代目「本阿弥家光忠」(こうちゅう)までの間に発行された折紙は、「古折紙」と呼ばれ、特に極めの精度が高いと評価されており、現代でも珍重されています。

なお本阿弥家では、無銘(むめい:に銘が入っていない刀剣)には、鑑定銘を入れたことも特徴です。無銘に対する鑑定を「極め」と呼び、生茎無銘(うぶなかごむめい:はじめから銘がない刀身)には、「朱銘」(しゅめい:朱色の漆で書いた文字)を記しました。

また、大磨上無銘(おおすりあげむめい:茎を短くしたため銘がなくなった刀身)には、象嵌(ぞうがん:金や銀で銘文を象嵌した物)を施しています。

特に、本阿弥光徳の入れた朱銘や象嵌銘は、「光徳象嵌」(こうとくぞうかん)として珍重(ちんちょう:珍しい物として大切にする)されました。

刀剣極所は、刀剣の鑑定を行なう役職ですが、本阿弥家による日付はそのほとんどが「3日」付け。これは、本阿弥光徳が刀剣極所に任命された日付です。

本阿弥家では毎月3日に分家も含めて本家に集まり、「内寄合」(うちよりあい)と呼ばれる合同審議で鑑定を行ないました。

また、9代目・本阿弥光徳の従兄弟にあたる「本阿弥光悦」(こうえつ)は、書家・芸術家として名高く、「名物不二山」や「舟橋蒔絵硯箱」(ふなばしまきえすずりばこ)の作者としても有名です。

刀剣に関する基礎知識をご紹介します。

折紙を読む

折紙には、無銘の極め・鑑定結果・寸法・特徴・代付(価格)・年月日・鑑定者の氏名が記され、折紙の裏に「本」という角印が押されているのが正式です。

実際に、折紙を読んでみましょう。

刀 無銘 伝国宗に付属する折紙(11代・本阿弥光温)

刀 無銘 伝国宗に付属する折紙(11代・本阿弥光温)

刀 無銘 伝国宗に付属する折紙(11代・本阿弥光温)

こちらは、刀/無銘 伝国宗に付属する折紙です。

  1. 無銘の極めは、備州國宗。
  2. 正真(本物)。
  3. 寸法は長さが2尺3寸5分、特徴は但大磨上無銘。
  4. 代付(価格)は、金子5枚。
  5. 年月日は、寛永16年8月3日。
  6. 鑑定者の氏名には11代・本阿弥光温の花押(かおう:署名の代わりに書いた記号)が書かれています。

これで、備州國宗の刀剣は、本物で、金5枚の価値があると、本阿弥光温が保証したことになるのです。

なお、本阿弥光温は、1603年(慶長8年)生まれ。本阿弥宗家11代当主です。折紙は1626年(寛永3年)~1630年(寛永7年)まで発行です。花押は5回変わっています。著書に「光温押形」があります。

刀 金象嵌銘 兼光に付属する折紙(12代・本阿弥光常)

刀 金象嵌銘 兼光に付属する折紙(12代・本阿弥光常)

刀 金象嵌銘 兼光に付属する折紙(12代・本阿弥光常)

こちらは、刀/金象嵌銘 兼光に付属する折紙です。

  1. 無銘の極めは、備前國兼光。
  2. 正真(本物)。
  3. 寸法は長さが2尺4寸、特徴は表裏樋銘象嵌入。
  4. 代付(価格)は、700貫。
  5. 年月日は、元禄8年弥生(3月)3日。
  6. 鑑定者の氏名には、12代・本阿弥光常の花押が書かれています。

備前國兼光の刀剣は、本物で、700貫の価値があると、本阿弥光常が保証したことになるのです。なお、12代・本阿弥光常は、本阿弥宗家12代当主。1630年(寛永7年)から1696年(元禄9年)まで発行し、花押は2度変わっています。

本阿弥家の中でも「古折紙」は信頼性が高いと言われますが、さらに本阿弥光常が元禄年間に書いた折紙は「元禄折紙」と呼ばれ、最高権威だと珍重されているのです。

代付とは

「代付」(しろつけ)とは、価格のことです。

金極めと銭極めの大きく2種類があります。金極めは、「代金」及び「代金子」何枚と記される物。銭極めは、「貫積り」(かんづもり)とも呼ばれ、代何貫と記されました。

なお、金1枚とは大判1枚のこと。大判1枚は10両に相当します。

1両は現在の貨幣価値に換算するとおよそ10万円前後なので、金1枚は約100万円です。一方、1両は4貫と言われています。したがって、金1枚は、40貫。代付の低かった時代は、枚よりも貫のほうが高額に見えることから、銭極めが多く用いられました。

代付で注意したいのは、これは価値を表す指標であり、実際の売買価格ではないということです。例えば、「相州貞宗」(そうしゅうさだむね)の刀剣は、金50枚(現在の価値で5,000万円)、「長船長光」(おさふねながみつ)の刀剣は金35枚(現在の価値で3,500万円)と高額です。

このように豊臣秀吉は、土地にも匹敵するような高価な刀剣を恩賞として与えることで、家臣達を満足させていました。

なお、「折紙付き」という言葉は、この折紙が語源。

折紙付きの刀剣は信用性が高く、相場も安定しているため資産価値が高く、金5両(現在の価値で50万円)以上の代物でないと本阿弥家が折紙を発行しなかったことから、「間違いのないしっかりとした品質の物や人」に対して、折紙付きという言葉が使われるようになったのです。

本阿弥家留帳とは

「本阿弥家留帳」(ほんあみけとめちょう)とは、本阿弥家が鑑定した刀剣を記録した台帳のことです。

1596年(慶長元年)から記録されました。当初は「所有者」、「銘」、「代付け」などの簡単な内容のみでしたが、1624年(寛永元年)頃からは「疵(きず)の有無や場所」、「刀身の長さや反り」、「姿の特徴」、「伝来」などが詳細に書き加えられ、以前にも鑑定したことのある刀剣を再鑑定した際には、前回記録した銘の横に棒線を引いて、代付けが消されています。

1854年(嘉永7年/安政元年)までの間に、約380冊の和綴じ本が制作されましたが、現存する物はありません。本阿弥家は、江戸幕府の終焉と共に廃業となり、明治維新を迎える頃には借金を抱えていました。

留帳はこのときに近所の質屋に預けられ、1923年(大正12年)に起きた関東大震災の折に、すべて焼失してしまったのです。

したがって、現在、博物館などに展示されている留帳は、雑誌に掲載されていた分や、部分的な写本などがほとんど。

刀剣ワールド財団が所蔵する「伝倫光」の「倫光折紙留帳之冩」(ともみつおりがみとめちょうのうつし)も、1919年(大正8年)に「本阿弥琳雅」(りんが)によって書かれた写しです。しかし、本歌の留帳の内容が丁寧に記載されており、また折紙の由来なども描かれてあるため、資料的に非常に価値が高い写しと言えます。

刀剣ワールド所蔵 倫光折紙留帳之冩

刀剣ワールド所蔵 倫光折紙留帳之冩

現在の鑑定書とは

現在、折紙は発行されていません。しかし、折紙に代わる物として、刀剣を鑑定する「鑑定書」が発行されています。

それが、公益財団法人「日本美術刀剣保存協会」が発行している鑑定書です。日本美術刀剣保存協会は、1948年(昭和23年)に設立されました。

刀剣、刀装、刀装具を審査し、その結果、「保存刀剣」、「特別保存刀剣」と見なされた刀剣には「鑑定書」が、「重要刀剣」、「特別重要刀剣」と見なされた刀剣には「指定書」と「図譜」が交付されています。

鑑定書も指定書も、刀剣の銘・寸法・特徴・鑑定結果・年月日・鑑定機関名・押印がなされた物。代付の記載はなく、「真偽を定める」、「極めを出す」ことを主目的としています。

刀剣ワールド所蔵 刀 金象嵌銘 兼光

刀剣ワールド所蔵 刀 金象嵌銘 兼光

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