日本刀職人の仕事

塗師の仕事

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刀の鞘には、家で保管をするときに用いられる「白鞘」(しらさや)と、外出する際に用いられる「拵」(こしらえ)の2種類があります。「塗師」(ぬし)の仕事は、主に拵用の鞘に漆塗りを施すこと。漆塗りには黒1色の「黒漆塗」(くろうるしぬり)と呼ばれるシンプルな物から、朱色や金色、螺鈿で装飾が施された、華やかな「変わり塗り」と呼ばれる種類の漆塗りもあります。ここでは、漆塗りの重要性や、漆塗りの工程、塗師が扱う仕事道具の他、上塗りの種類などを紹介します。

塗師とは

塗師の仕事と歴史

塗師

塗師

塗師」(ぬりし)とは一般的に、木製の物に漆を塗る「漆芸家」(しつげいか)のことを言いますが、ここでは、刀の「」に漆塗りを施す職人のこと。

刀のに漆塗りが施されるようになったのは、奈良時代頃ではないかとされています。

湿度の高い日本において、漆を鞘に塗り込める作業は鞘の内部に水気や湿気の侵入を防ぎ、刀身を保護する重要な役割を持っていました。

漆塗りの技術が日本に伝来したのは古墳時代と言われ、大和政権下においては、「漆部」(ぬりべ)と呼ばれる、漆塗りを専門に行う役職も誕生。平安時代には装飾性に富んだ芸術性のある漆塗りが拵にも施されるようになりました。刀専門の塗師が現れたのは、江戸時代に入って様々な職業が分業化されるようになってから。

塗師、もしくは「鞘塗師」(さやぬりし)と呼ばれ、拵により凝った華やかな装飾が施されるようになったのです。幕府お抱えの職人となる者や、各藩お抱えの職人となる者も現れ、「お国拵」と呼ばれる名品が生み出されました。

塗師になるには

漆職人は現在全国に多くの工房があり、多くの人が漆塗りに従事していますが、刀の鞘を専門とする塗師の数はわずか10人程度であるとされます。

塗師になるには、高校や専門学校、大学などで漆芸について勉強し、卒業後は、独立した職人である塗師のもとに弟子入りし、修行するのがいいでしょう。

一般的な、器に漆を塗る職人になるには、職業訓練所などがありますが、刀専門の塗師になろうとする場合は、塗師のもとで一定期間修行して認められる必要があるのです。

鞘塗師の仕事は、器の塗師の仕事における注意点が異なります。漆器の場合、四隅の塗りが美しさの決め手となりますが、鞘の場合は「栗形」(くりがた)や「返角」(かえりづの)、「櫃」(ひつ)のような、漆の付きにくい凹凸の部位をどれだけ美しく塗れるのかによって出来映えが変わるのです。

漆塗りの工程

漆塗りの工程は、「塗る→乾かす→研ぐ→塗る→乾かす…」と言う工程を何度も繰り返すため、1本の鞘の塗りを完成させるのにおよそ3ヵ月の時間がかかります。

なお、塗師の仕事にはシンプルな黒1色の塗りだけでなく、装飾性のある朱色や金色などが施された上塗りがあるため、この上塗りを行う場合はさらに長期間かけて作業を行うことになるのです。

木固め

木固めは、漆を塗る前の土台作りの工程。生漆を鞘に塗り、あとから塗る漆が木にしみこむのを防ぎます。

錆下地

との粉と生漆を混ぜた物を塗り、上から砥石で研磨する工程です。この作業を数回繰り返しますが、回数は塗師によって異なります。研いで窪みを作ることで次の漆を塗りやすくするため、錆下地は「下地塗り」とも言われる工程です。

塗り工程

まず、油分を含まない黒の下塗り漆を塗り、室内で乾燥。次に朴炭か油桐の炭で、水を付けて研ぎます。この作業も複数回繰り返すことが必要です。

仕上げ工程

研いだ表面に、艶付けした漆を何度も刷毛で刷り込んだあと、最後の磨きを行い、艶付けをして「黒漆塗」(くろうるしぬり)は完成。漆は、幾層にも重ねて塗ることによって、防水性や耐久性が強化され、見た目もムラなく美しく仕上がるのです。

上塗り

上塗りとは黒漆塗のあとに施される、装飾を目的とした漆塗りの工程のこと。

「花塗り」(はなぬり)や「蝋色塗り」(ろいろぬり)、「変わり塗り」などの種類があり、様々なパターンがあります。柄巻師(つかまきし)や金工師(きんこうし)など、拵に携わる他の日本刀職人達と連携を取りながら上塗りの種類が決められるのです。

上塗りの種類

花塗り

花塗りは、漆を塗ったあとで磨かずそのままの状態で完成とさせる塗り方で、別名「塗り立て」や「立て」、「溜塗り」(ためぬり)とも呼ばれます。塗ったあとからの調整ができず、1回で確実に決めなければいけないことから、熟練の技巧を必要とする塗り方です。

蝋色塗り

蝋色塗り

蝋色塗り

蝋色塗りは、鏡のように物が映り込むほど艶やかな出来映えの漆塗りの仕方で、長い複雑な工程が必要になる塗り方。

まず最初に、生漆に水を加えず、鉄漿(てっしょう/おはぐろ:お歯黒のことで、鉄の入った濃い茶色の液)や鉄粉などの鉄類を混ぜた黒色の蝋色漆を塗り乾燥させ、朴炭とエゴノキ炭で研磨したあとで、炭粉と水、もしくは油にとの粉を混ぜた物で長時間磨き、生漆をこすり付けます。

次に、揉んだ和紙で拭き取り、2日以上放置。炭粉やとの粉、角粉などを付け、油で磨きます。この工程を3回ほど繰り返して完成です。別名「研ぎ出し塗り」や「仕立て蝋色塗り」とも言われます。

変わり塗り

変わり塗りは江戸時代に考案された塗り方で、様々な文様を鞘に描いた物。大きく分けて、漆のみの単一塗りと、螺鈿や金粉など、他の素材を用いた塗の2種類があります。

蛭巻塗(ひるまきぬり)

蛭巻塗は、らせん状の文様を付けた塗り方のことで、や鞘の補強のために薄い金属板をらせん状に巻き付けた「蛭巻」から、装飾のための変わり塗りになりました。

蛭が巻き付いているように見えることから蛭巻と呼ばれ、平安時代から幕末まで多く使われた文様です。

蛭巻塗

蛭巻塗

笛巻塗(ふえまきぬり)

一定の間隔で段塗りを施す塗り方で、竹笛のような見た目をしていることから笛巻塗と呼ばれます。

笛巻塗

笛巻塗

梨子地塗(なしじぬり)

梨子地塗は、鞘に漆を塗り、金粉や銀粉、錫粉などの梨子地粉を蒔き、その上から透漆(すきうるし)を塗りこめる技法で、鎌倉時代に考案されました。

梨子地塗りが派生し、文様の中に梨子地塗を用いる「絵梨子地」や「刑部梨子地」などがあります。

梨子地塗

梨子地塗

螺鈿(らでん)

貝殻を切り抜いて表面にチラシ、象嵌をして透漆で塗りこめる技法のことを螺鈿と言います。奈良時代に唐から伝わり、拵だけでなく様々な漆器に施されました。

螺鈿

螺鈿

石目地塗(いしめじぬり)
滑り止めや艶消しのために、石や岩の肌に似せて、乾漆粉や炭粉などを蒔き、細かい砂状の粒子模様を作る塗り方。
石目地塗

石目地塗

鮫鞘(さめさや)
凹凸のある鮫皮(さめがわ:エイの皮)を鞘に巻き付け、凹凸の隙間に黒漆を塗りこめて表面を研ぎます。

その他にも、「沃懸地塗」(いかけじぬり)や「印籠塗」(いんろうぬり)、「青貝微塵塗」など、数えきれないほど様々な変わり塗りが存在しているのです。

塗師の道具

漆刷毛

漆刷毛

漆刷毛

漆を塗る際に使用する物。部位によって多様な塗り分けをするため、大小様々な種類の刷毛があります。

刷毛の素材には、油分が少なく、薬品にも強いことから人間や馬の毛髪が使われます。

ヘラ

ヘラ

ヘラ

木固めや塗り工程の他、蒔絵などの装飾を行う際やはみ出した漆を掬い取ったりする際など、様々な場面で使用。

材質はヒノキやアスナロを使い分けます。

鞘を拭く際に使用。

和紙

下地作りや蝋色塗に用います。

との粉

との粉とは、砥石の粉末のこと。下地作りの他、上塗り工程にも使われます。

生漆

漆の木から取った樹液のごみをろ過して除去した物。水分量が多く、乾燥が早いため下地や拭き漆、接着材として使われますが、塗料には適しません。

透漆

透明な漆で、生漆を処理加工した物。上塗りの際に用いられます。

黒漆

黒い漆で、透漆と同様に生漆を処理加工した物。様々な塗りの段階で用いられます。

彩漆(いろうるし)

朱色などの色が付けられた漆で、顔料を混ぜて作られた漆です。上塗りの際に用いられます。

砥石

鞘を研ぐ際に使います。

研ぎ炭

研ぎ炭

研ぎ炭

砥石と同様、鞘を研ぐ際に使用。

朴炭やエゴノキ炭など、研磨の度合いに合わせて多様な種類を使い分けます。