全国にある日本刀

九州・沖縄地方にある刀

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九州・沖縄地方は、気候が温暖で過ごしやすくリゾート地としても人気です。九州の武士は猛者が多いと言われ、江戸時代には薩摩藩(現在の鹿児島県)や肥前藩(現在の佐賀県、長崎県)が雄藩と呼ばれるほど活躍しました。九州の武士が所持した刀や九州で作られた刀など、九州・沖縄地方で観ることができる刀をご紹介します。

九州地方にある刀

九州

九州地方とは、筑前国・筑後国(現在の福岡県)、豊後国(現在の大分県)、肥前国(現在の佐賀県長崎県)、日向国(現在の宮崎県)、肥後国(現在の熊本県)、薩摩国(現在の鹿児島県)のことです。

韓国や中国などの外国に接近した立地であるため、大昔から外国に侵略される恐れがありました。

早くも奈良時代には、大宰府(現在の福岡県)を配置し中央政府から有力武人を任命し、外交や海防を強化。平安時代以降は刀鍛冶集団を招致し、防衛を重視していたのです。九州で作られた刀は「九州物」と呼ばれています。

福岡県で観たい刀

名物 日光一文字

福岡県で観たい刀は、国宝太刀 無銘一文字」(名物日光一文字)です。

日光権現(日光二荒山神社)に奉納された刀であること、福岡一文字派が作った刀であることが名前の由来となっています。

本刀は、地鉄(じがね)は小板目肌刃文(はもん)は、福岡一文字派らしい華やかな重花丁子(じゅうかちょうじ)に蛙子丁子(かわずこちょうじ)が交ざった逸品です。(なかご)に「一」の文字を切るのが福岡一文字派の特徴ですが、奉納刀には切らないのも特徴でした。

この刀は戦国武将「北条早雲」(ほうじょうそううん)が譲り受け、以降北条家に継承。ところが、1590年(天正18年)「小田原攻め」の際に、「北条氏直」が和睦の仲裁をした「黒田官兵衛」に譲ったことで以降黒田家に伝来しました。しかし、1952年(昭和27年)に黒田家14代当主「黒田長禮」(くろだながみち)が没したあと、その遺志を受けた妻が福岡市へ寄贈。現在は福岡市博物館の所蔵となっています。

福岡市博物館は、この他にも国宝「へし切長谷部」や「日本号」などを所蔵。黒田家伝来の国宝や重要文化財が揃っています。

日光一文字
日光一文字
無銘
鑑定区分
国宝
刃長
67.8
所蔵・伝来
北条氏直 →
黒田如水 →
福岡市博物館
日光一文字
様々な「名刀」と謳われる刀剣を検索できます。

熊本県で観たい刀

刀 無銘 金重(伝宮本武蔵所用)

熊本県の島田美術館は、「宮本武蔵」ゆかりの刀や書状が揃う美術館です。ぜひ観たいのが、「刀 無銘 金重」(伝宮本武蔵所用)。

宮本武蔵は江戸時代初期に活躍した剣の達人で、生涯60余りの決闘を行い、すべて無敗。一番有名な決闘は、佐々木小次郎との「巌流島の決闘」ですが、この刀 無銘 金重(伝宮本武蔵所用)は、「吉岡一門との決闘」で使用された1振です。吉岡一門との決闘では、もちろん宮本武蔵が勝利。このあと宮本武蔵は剣術流派「二天一流」(にてんいちりゅう)を創始し、晩年は肥後藩の細川忠利に仕え兵法伝書「五輪書」を執筆しました。

本刀は、地鉄は板目肌流れ、刃文は互の目乱れ匂口明るく冴え、秀逸です。

島田美術館では、この他に佐々木小次郎との巌流島の決闘で使用された木太刀や細川ガラシャ加藤清正に関する史料も見ることができます。

刀 無銘 金重(伝 宮本武蔵所用)
刀 無銘 金重(伝 宮本武蔵所用)
無銘
鑑定区分
未鑑定
刃長
70.1
所蔵・伝来
島田美術館

佐賀県で観たい刀

刀 銘 肥前國住藤原忠廣 寛永七年八月吉日

佐賀県で観たい刀は、「刀 銘 肥前國住藤原忠廣 寛永七年八月吉日」です。

「肥前忠広」は、ブラウザゲーム「刀剣乱舞」でも人気の刀。肥前忠広とは肥前国(現在の佐賀県、長崎県)の刀工「忠広」が作刀した刀全般のことを言います。

忠広とは、「初代忠吉」のこと。初代忠吉は、九州の豪族「龍造寺隆信」の家臣「橋本道弘」の子として生まれました。父は龍造寺家と共に島津氏と戦って討死。忠吉は刀工に預けられ13年修行したあとに佐賀城主「鍋島家」に召し抱えられ、京都の名匠「梅(埋)忠明寿」の門人となることを命じられます。そのあと、武蔵大掾を受領し忠広と改名しました。なお、初代忠吉一門が作刀した刀は「肥前刀」と呼ばれて繁栄したのです。

本刀は、地鉄は小杢目肌がよくみ、刃文は広直刃(ひろすぐは)で匂が深いのが特徴。佐賀藩初代藩主「鍋島勝茂」の佩刀(はいとう)と言われ、現在は徴古館に所蔵されています。

徴古館は、1927年(昭和2年)に鍋島家12代「鍋島直映」が創設した博物館。鍋島家伝来の武具や茶道具、書や典籍などが揃っています。

刀 銘 肥前國住藤原忠廣 寛永七年八月吉日
刀 銘 肥前國住藤原忠廣 寛永七年八月吉日
肥前國住藤原忠廣 寛永七年八月吉日
鑑定区分
佐賀県重要文化財
刃長
75.6
所蔵・伝来
徴古館

鹿児島県で観たい刀

国宝 太刀 銘 国宗

鹿児島県で観たいのは、国宝の「太刀 銘 国宗」。薩摩藩(現在の鹿児島県)の藩主「島津家」に伝来した1振です。

島津家と言えば武家の名門。幕末には「西郷隆盛」や「大久保利通」など、たくさんの有能な武士を輩出しています。この刀は、「備前三郎国宗」が作刀し、島津家9代「島津忠国」が室町幕府6代将軍「足利義教」から賜ったという由緒正しい太刀。1927年(昭和2年)島津家30代「島津忠重」が、島津氏の始祖「島津忠久」の700年祭にあたって照國神社に奉納。戦後は、アメリカに渡って行方不明とされてきましたが、アメリカ人愛刀家「ウォルター・コンプトン」氏が入手し、1963年(昭和38年)に日本へ返還。現在は、鹿児島県歴史資料センター黎明館に保管され、年2回(1月・8月)展示されています。

本太刀は、長寸で豪壮。地鉄は小板目肌に杢交じり、刃文は丁子乱れが華やか。

鹿児島県歴史資料センター黎明館は、1983年(昭和58年)に島津氏の居城だった「鹿児島城」(鶴丸城)の本丸跡に開館。鹿児島の歴史や文化、特色を分かりやすく楽しく学ぶことができます。

国宝 太刀 銘 国宗
国宝 太刀 銘 国宗
国宗
鑑定区分
国宝
刃長
80
所蔵・伝来
島津家→
照国神社→
鹿児島県歴史資料センター黎明館

沖縄地方にある刀

沖縄県は、大小160の島々からなる日本の南西端に位置する県。亜熱帯地域に属する温暖な気候で、200種類ものサンゴが生息する美しい海は、観光地としても人気です。

12世紀に「琉球王国」(りゅうきゅうおうこく)が誕生し、1609年(慶長14年)に薩摩藩の征討を受けて日本に服属。そのあと琉球藩となり、沖縄県となりました。第二次世界大戦後、一時はアメリカの統治下に置かれましたが、1972年(昭和47年)に返還されています。

琉球や沖縄で作られた刀はほとんどなく、薩摩国から日本刀が持ち込まれていました。

沖縄県で観たい刀

国宝 北谷菜切

沖縄県で観たいのは、国宝の「北谷菜切」(ちゃたんなきり)。琉球王国の王「尚家」(しょうけ)に伝来する刀で妖刀です。

あるとき、北谷(現在の沖縄県中頭郡北谷町)の農婦が赤子を斬殺するという大事件が起きました。捕まえた農婦に確認したところ、「赤子に向けて包丁を振ってしまっただけ」だと言うのです。そこで、試しに羊に向かって包丁を振ってみたところ、何と羊の首が切れてしまいました。それで農婦の無実が証明され、釈放されたことが伝わっています。

本刀は、地鉄は板目肌流れ。刃文は細直刃で、青貝微塵塗腰刀拵も附属している逸品です。

所蔵しているのは、那覇市歴史博物館。琉球王朝と那覇の歴史を紹介する博物館で、この刀の他にも、国宝「千代金丸」(ちよかねまる)や国宝「治金丸」(ちがねまる)など、琉球王国時代の尚家資料などが揃っています。

国宝 北谷菜切
国宝 北谷菜切
無銘
鑑定区分
国宝
刃長
23
所蔵・伝来
尚家→
那覇市歴史博物館