刀剣の基本を知る

軍刀の種類

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軍刀とは、戦時中に作刀された刀のこと。日本だけではなく、世界中で作刀されていた武器ですが、日本で古くから作刀されていた「日本刀」と軍刀は、その作刀方法や材料、拵(こしらえ)などが異なるため、日本刀と軍刀は「異なる武器」として認識されています。日本で戦時中に作刀されていた軍刀には、どのような種類があるのか。ここでは、代表的な軍刀の種類と、その特徴をご紹介します。

軍刀の種類・士官用軍刀

サーベル型軍刀

「サーベル型軍刀」とは、フランス陸軍とイギリス海軍が使用していた軍刀をモチーフにした軍刀のこと。陸海軍の士官・下士官・兵用軍刀は、すべて「洋刀拵」(ようとうこしらえ:洋刀に用いられる)で作刀されていました。

下士官へ官給品として与えられていた軍刀は、外装・刀身共に「陸軍造兵廠」(りくぐんぞうへいしょう)などで大量生産された工業刀であったのに対し、士官が佩用する軍刀は、日本刀と同じ伝統的な方法で作刀された刀身を使用する傾向が強かったと言います。なお、サーベルと言えば、片手で使用する武器です。

一方で日本刀は、両手で使用することを前提として作られていました。そのため、日本刀の刀身をサーベル型の拵へ装着するには(なかご:[つか]に収める部位)の形状を無理やり加工する必要があったと言います。それらの問題を解決するために考案されたのが、両手で扱う「サーベル型軍刀拵」です。

サーベル型軍刀拵の特徴は、拵の大部分を従来の日本刀の拵式にし、柄部分のみサーベルの「護拳」(ごけん:鍔[つば]の一種で、指や手を保護するための半円状の装備)を備えている点。また、その(さや)の外装はメッキ仕上げの鉄となっているのも特徴として挙げられます。

サーベル拵

サーベル拵

九四式軍刀(昭和9年制定陸軍制式軍刀)

「九四式軍刀」とは、サーベル型軍刀ののちに導入された軍刀のこと。もとは陸海軍の総司令官である「大元帥」が用いた「新御軍刀」を模して作られた軍刀で、陸軍将校が佩用しました。

その外装は、日本で古くから作刀されていた太刀の拵をアレンジしており、鞘部分に2つの環(かん)を付けることで腰から吊り下げられるようになっているのが特徴です。

九四式軍刀

九四式軍刀

太刀型軍刀(昭和12年制定海軍制式軍刀)

「太刀型軍刀」とは、海軍で使用されていた軍刀のこと。海軍用の軍刀を「海軍刀」と言い、陸軍の軍刀「陸軍刀」と比較して儀仗用に使われる物であったことから、陸軍刀よりも華麗な外装でした。

その鞘は、黒漆などで黒色にコーティングされており、各所に金色の金具を配し、美しい姿となっているのが特徴です。また、刀身は伝統的な日本刀以外に、海上塩害対策としてステンレスで作刀された「ステンレス刀」が多かったと言われています。

太刀型軍刀

太刀型軍刀

九八式軍刀(昭和13年制定陸軍制式軍刀)

「九八式軍刀」とは、九四式軍刀ののちに導入された軍刀のこと。九四式軍刀では、腰から吊り下げるのに2つの環を用いていましたが、九八式軍刀では環がひとつになっているのが特徴。

その刀身は、導入初期の頃は古作日本刀が多く用いられていましたが、需要に供給が追い付かなくなったため、次第に大量生産品の「軍用特殊軍刀」が大半を占めるようになりました。外装は「一等」、「二等」、「三等」、「略式外装」の4種が存在。

鞘は、鉄やアルミ、革・鮫皮などを巻いた木鞘等、様々ありますが、これは発注者である将校などの資力、及び国情によって決定したと言われています。

九八式軍刀

九八式軍刀

三式軍刀(昭和18年制定陸軍制式軍刀)

「三式軍刀」とは、九八式軍刀ののちに導入された軍刀のこと。九四式軍刀と九八式軍刀は柄と、柄に装着する目釘(めくぎ:柄と茎を固定するための留め具)、及び柄糸(つかいと:柄に施す紐などの総称)の脆弱性が問題となっていました。それを解決するために作刀されたのが三式軍刀です。

三式軍刀は、拵の猿手(さるで:柄を保護する金具である柄頭[つかがしら]に装着する環状の金具)と、責金物/責金(せめかなもの/せきがね:鞘に装着する、鞘を保護するために嵌める環状の金具)などの装飾性を排除して、さらに目釘を2個付けることで柄の強化を図りました。また、それに合わせて茎の長さが長くなったことで、柄も従来の軍刀と比較して長くなり、柄糸には漆を掛けるなどの補強がされたと言います。

三式軍刀

三式軍刀

軍刀の種類・陸軍下士官用軍刀

三十二年式軍刀(昭和32年制定陸軍制式軍刀)

「三十二年式軍刀」とは、下士官へ支給された軍刀のこと。騎兵用の「甲」と、輜重兵(しちょうへい:輸送兵のこと)用の「乙」の2種が存在します。

甲のタイプは、日本が敗戦を迎える1945年(昭和20年)まで製造されましたが、乙のタイプは1935年(昭和10年)に「九五式軍刀」へ移行しました。甲は、乙に比べて刃長が6.2㎝長いのが特徴です。

三十二年式軍刀

三十二年式軍刀

九五式軍刀(昭和10年制定陸軍制式軍刀)

九五式軍刀とは、「曹長刀」とも呼ばれる、三十二年式軍刀ののちに導入された軍刀のこと。陸軍が下士官(曹長、軍曹、伍長など)へ支給した官給軍刀で、士官へ支給された軍刀と異なり、刀身や外装は量産規格化された物が使用されています。

本来、中級・下級下士官である軍曹や伍長の他、一般の兵士は帯刀することができませんでしたが、「騎兵科」及び兵長クラス以上の人員で構成された「憲兵科」は軍刀が必需品でした。そのため、これらの兵科では下士官や兵が「帯刀本分兵」と呼ばれ、九五式軍刀を帯刀することが許されたのです。

作刀された時期によって、「初期型」、「中期型」、「末期型」、「最末期型」などに分類されており、作刀された時期があとになるほど、刀身の長さが徐々に長くなっていくのが特徴。また、初期~中期頃までは柄の素材にアルミニウム、鞘の素材に鉄が用いられていましたが、末期頃になると、物資不足を理由に柄の素材を木へ変更した他、最末期頃には同じ理由で鉄製だった鞘も木の素材が使用されるようになります。

九五式軍刀

九五式軍刀

軍刀の種類・その他

元帥刀

「元帥刀」とは、軍の最高位である「元帥」が佩用した軍刀のこと。誤解されることが多いですが、元帥は階級ではなく、多くの功績を残した軍人へ与えられる称号のことを指します。陸軍では17名、海軍では13名の元帥が存在し、それぞれの軍大将に元帥刀が下賜されました。

その刀身は、御物(ぎょぶつ:皇室の私有品)の名刀「小烏丸」(こがらすまる)を模した物が採用された他、外装は「衛府太刀/毛抜形太刀」(えふだち/けぬきがたたち:平安時代、宮中の警護にあたった官人が佩用した太刀)を模した拵が用いられています。

小烏丸

小烏丸

小烏丸
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金梨子地鞘 衛府太刀拵

金梨子地鞘 衛府太刀拵

なお、「天皇」は「大元帥」であったため、天皇が佩用した軍刀を「大元帥刀」(大元帥佩刀、天皇佩刀とも言う)と呼びました。大元帥刀の外装は、陸軍用と海軍用の2種が存在し、陸軍の軍服を着用時は陸軍刀の外装を、海軍の軍服を着用時は海軍刀の外装をそれぞれ使用したと言います。

指揮刀

「指揮刀」とは、陸海軍の将校・士官が佩用した軍刀のこと。これまで採用されていた制式軍刀外装と異なり、旧来の太刀拵を軍刀として使用した「異種軍刀」の一種で、当時の資料等では「刀」と表記されていました。

基本的に、陸海軍の将校・士官は、正装時や演習時、平時の常勤の際に指揮刀を所有し、実用性のある軍刀は戦時に佩用すると言った具合に使い分けていたと言います。

なお、太平洋戦争以後は軍刀を常時佩用することが多くなったため、指揮刀は次第に廃れていきました。しかし、物資不足が深刻化すると、指揮刀を戦地で使用することもあったと言います。

指揮刀

指揮刀

砲兵刀

「砲兵刀」とは、「牛蒡剣」(ごぼうけん)の別名で知られる、個別に武器を持つことがない「砲兵」や「工兵」、「輜重兵」の下士官・一般兵士が所有した軍刀のこと。長さが短い刀「短剣」に分類される軍刀で「甲」、「乙」、「丙」の3種類が存在します。

その刀身は、伝統的な片刃形式の日本刀と異なり、西洋で一般的に見られる両刃の「剣」の様相で、片面に「」(ひ:刀身の表面に彫られる溝状の刀身彫刻)が掻かれているのが特徴。

樋の役割は、刀身を軽量化する、折れないように強度を増すなど、その効果は様々あると言われており、古来作刀されていた日本刀でも見られます。

砲兵刀

砲兵刀

銃剣

「銃剣」とは、銃の先端部に剣を装着した軍刀のこと。日本だけではなく、ヨーロッパなどでも作刀されていた軍刀の一種で、遠方からの銃の射撃と、白兵戦による近接戦闘のどちらにも対応することができる武器として製造されました。

日本で作刀された銃剣は、「村田銃」と呼ばれる小銃に刀身を装着した物が基本となっており、主に「十三年式銃剣」、「三十年式銃剣」、「二式銃剣」の3種類が存在。

十三年式銃剣

「十三年式銃剣」は、1880年(明治13年)に制式化された銃剣で、剣先が両刃となっている他、剣の長さが71.0㎝、刃長57.0cmと、他の銃剣と比べて最も長いのが特徴。

なお、この長さは日本刀の一種「大脇差」(おおわきざし:脇差の一種で、打刀とほとんど同じ大きさの脇差)に近い大きさとなっています。

十三年式銃剣

十三年式銃剣

三十年式銃剣

「三十年式銃剣」は、1897年(明治30年)に陸軍で採用された銃剣で、第二次世界大戦で日本が敗戦するまで日本軍の主力銃剣として採用されました。

三十年式銃剣の刀身は、十三年式銃剣と異なり、日本刀と同じ片刃の刀身が使用されており、1940年(昭和15年)以降は刀身を黒く染めたことから「牛蒡剣」(ごぼうけん)の愛称が付けられるようになったと言います。

なお、その刀身は危険防止の観点から平時は取り外しておき、有事の際は取り付けるように定められました。

三十年式銃剣

三十年式銃剣

二式銃剣

「二式銃剣」は、三十年式銃剣を改良した銃剣で、三十年式銃剣よりも約20cm短くなっているのが特徴です。三十年式銃剣の刀身は、作刀された当時は世界的に見ても平均的な長さでしたが、第二次世界大戦後期になると、諸外国の銃剣と比較して、とても長くなっていました。

その理由としては、日本軍が近接戦闘で銃剣を使用する機会がなかったことが挙げられます。刀身を短く改良したきっかけは、その刀身の長さが任務で邪魔になることが発覚したためです。

例えば、「空挺部隊」では多くの装具と共に降下するため、長い刀身が邪魔になりました。刀身を短く改良した二式銃剣は、主に空挺部隊で採用され、「二式小銃」や「一〇〇式機関短銃」などの小型の銃に装着して使用したと言います。

二式銃剣

二式銃剣