天下三名槍
「蜻蛉切」制作レポート

天下三名槍「蜻蛉切」制作レポート
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「上林恒平」刀匠が手掛ける「天下三名槍 写し制作プロジェクト」の第1弾として制作されたのが、「蜻蛉切」の写しです。この写しの実物が、名古屋刀剣ワールド/名古屋刀剣博物館(メーハク)で展示されます。
「槍」の穂先に止まったトンボが真っ二つに切れてしまったことから名前が付いた、脅威の切れ味を持つ蜻蛉切。写しを制作した刀匠・上林恒平氏に、制作の過程と見どころについて語って頂きました。

蜻蛉切の制作過程

1
鍛錬する
2
造込みをする
3
素延べをする
4
土置きをする
5
焼き入れをする
6
樋を彫る
7
梵字を彫る
8
三鈷剣を彫る
9
研師に出す
10
茎仕立てをする
11
銘切をする

注目すべきは大笹穂の形!

蜻蛉切の折り返し鍛錬
蜻蛉切の折り返し鍛錬
蜻蛉切の素のべ風景
蜻蛉切の素のべ風景

蜻蛉切も大笹穂槍を作るのも初めての経験でした。難しかったけれど楽しかったですね」と上林恒平刀匠。

蜻蛉切とは、正式には「大笹穂槍 銘 藤原正真作」(号:蜻蛉切)。この写しを作るために用意された材料「玉鋼」(たまはがね)は約6kg。まずは玉鋼を小割りしてテコに積み上げ、炉で熱してひとつの塊にしてから、「折り返し鍛錬」(鉄の余分な炭素を除去するため、折り返して鍛えること)、「造込み」(硬さの違う鋼を組み合わせること)、「素延べ」(平たい棒状に打ち延ばすこと)を行ないます。

この工程で6kgあった玉鋼は、不純物が取り除かれ、もとの3分の1の重さ、約2kgとなるのです。
ここまでの制作過程はの場合と同じ。しかし、ここから先に制作の難しさが表れ始めるのです。
上林恒平刀匠がまず行なったのは、本歌・蜻蛉切の実寸写真を取り寄せ、正確なサイズを把握することでした。

本歌・蜻蛉切の特徴は、穂が大きな笹の葉形をした「大笹穂」であること。横断面は平三角形です。曲線が美しい、この大笹穂を形成するには、写真を細部までよく見て観察し、頭の中にインプットするしかありません。常に傍らにも写真を置きながら、素延べをして打ち延ばした鉄を小槌などでコツコツと叩き、本歌通りの大笹穂形に形成していったのです。この大笹穂の形成こそ、蜻蛉切を制作するにあたって上林恒平刀匠が一番苦労したこと。本歌の通り、美しい曲線の大笹穂姿に仕上げるのは、まさに匠の技と言えます。

このあと「土置き」、「焼き入れ」を行なうと、鉄の重さは1.5kgにまで軽減しました。

調和がとれた刀身彫刻!

刀身彫刻を施す上林恒平刀匠
刀身彫刻を施す上林恒平刀匠

上林恒平刀匠が次に行なったのは、「刀身彫刻」を彫ることです。

実は刀身彫刻を施すのは刀工ではなく、「彫師」の仕事。しかし上林恒平刀匠は、岡山県重要無形文化財保持者「柳村仙寿」(やなぎむらせんじゅ)氏に師事して、彫師の技術も修得していました。刀身作りと刀身彫刻の両方ができれば、それだけ1振に情熱を注ぐことができます。

蜻蛉切に施された刀身彫刻は、全3種類。「」(ひ)、「梵字」(ぼんじ)、「三鈷剣」(さんこけん)です。

まず、上林恒平刀匠が着手したのは樋。蜻蛉切には、表と裏に樋と呼ばれる鎬地に彫り通された溝があるのが特徴です。
さらに表には鎬筋を挟んで、2組の細い2筋樋、裏には太い樋を掻いています。

裏/幅深い樋が彫られた
裏/幅深い樋が彫られた

「蜻蛉切の裏側にあるのはとても特徴的な幅深い樋。彫っているうちにどうしても鉄が曲がってしまい厄介でした。これだけ幅が広いと、小槌で叩く場所も限られてしまい直すのもひと苦労です。ため木を使って体重を掛けるなど工夫しました。直しては彫り、直しては彫りを繰り返しましたよ」と上林恒平刀匠。

裏/梵字が彫られた
裏/梵字が彫られた

樋を彫り終えると、今度は梵字に挑戦です。梵字とは、サンスクリット語を表記するための文字。蜻蛉切の裏側には、上部に梵字で、「カ」、「キリーク」、「サ」と切られています。

カとは地蔵菩薩、キリークは阿弥陀如来、サは聖観音菩薩という意味です。また、下部にも「カンマン」、つまり不動明王という意味の長梵字が切られています。梵字には、刀の所持者の命を助ける役割、宗教的な意味合いがあるのです。

裏/三鈷剣が彫られた
裏/三鈷剣が彫られた

「梵字は写真を見ながら、忠実に再現しました。実は梵字は時代によって字形が異なり、彫られている梵字から刀の制作年代が分かるほどのものなのです。とても気を遣い彫りましたよ」と上林恒平刀匠。

この梵字に挟まれて、浮き彫りで存在する彫刻が三鈷剣です。三鈷剣とは、チベット密教の儀式で用いられる密教法具。樋の中に浮かして彫るのはたいへんな技術力です。

写し・蜻蛉切が完成!

刀身彫刻を彫り終えたら、刀工の手を離れ、「研師」へと渡ります。
研師は「下地研ぎ」、「仕上げ研ぎ」と呼ばれる研磨を行ない、地鉄を美しく際立たせ、地刃の色調を整えるのです。こちらに掛かった時間は約1ヵ月。これが終わると、蜻蛉切は再び上林恒平刀匠のもとに戻されました。最終仕上げとして、の鑢仕立て、目釘穴が施されます。写し・蜻蛉切は、銘が表に「学古作長谷堂住恒平彫同人」、裏に「令和二年六月日」と切られ完成となりました。

着手から完成までに掛かった歳月は約7ヵ月。本歌と同じく刃長は43cm。地鉄は板目肌に柾がかかってよく詰み刃文直刃(すぐは)に互の目。まさに本歌と見間違えるほどの覇気のある美しさです。

写し・蜻蛉切
写し・蜻蛉切

天下三名槍のひとつ、刀匠上林恒平氏が手掛けた蜻蛉切の写しをご覧頂けます。

この本歌・蜻蛉切を所持していたのは、「本多忠勝」(ほんだただかつ)。江戸幕府初代将軍「徳川家康」の重臣として、江戸時代に活躍し、全戦負けなしという猛者でした。蜻蛉が真っ二つに切れたことに感銘して、この槍に蜻蛉切の号を付け、を付けて全長6mになる蜻蛉切を振り回していたと言われています。

なお、蜻蛉切が「天下三名槍」に選ばれたのは、徳川家康と共に戦に出て、天下を取った槍だからとも言われています。本多忠勝が蜻蛉切を携える姿は、名古屋刀剣ワールド/名古屋刀剣博物館(メーハク)所蔵の浮世絵「水野年方」作「本多忠勝小牧山軍功図」でも観ることが可能です。

水野年方 作「本多忠勝小牧山軍功図」
水野年方 作「本多忠勝小牧山軍功図」

本多忠勝のエピソードや、関連のある日本刀をご紹介!

「はじめに蜻蛉切の制作を頼まれたときは、本歌に恥ずかしくない物を作らなければいけないという気負いがありました。しかし、蜻蛉切を作っていくうちに思ったのは、なんて姿が美しい槍なのだろうということです。大笹穂の形に対して、彫物の調和が見事。刀身彫刻は美しいことはもちろん、彫ると重量をより減らすことができます。一戦を交える武士にとって、刀の重さは死活問題。刀身彫刻を施したことで、最終的に重量は1.2kgまで軽減できました。本多忠勝がこの美しい槍を振り回して戦っていた、その姿を想像して、思いを馳せながら作ることができました」と熱く語って下さった上林恒平刀匠。

ぜひ、上林恒平刀匠が制作した蜻蛉切の写し「大笹穂槍 銘 学古作長谷堂住恒平彫同人 令和二年六月日」を観に、名古屋刀剣ワールド/名古屋刀剣博物館(メーハク)までお越し下さい。
※展示状況は事前にサイトでご確認下さい。

  • 刀剣ブログ「天下三名槍「日本号」(写し)制作中!」をご紹介します。

  • 刀剣ブログ「蜻蛉切(写し)が完成!御手杵(写し)も制作開始!」をご紹介します。

天下三名槍「蜻蛉切」(写し)紹介
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