天下三名槍 写し制作プロジェクト

天下三名槍 写し制作プロジェクト 天下三名槍 写し制作プロジェクト

名古屋刀剣ワールド/名古屋刀剣博物館(メーハク)にて「天下三名槍 写し制作プロジェクト」が行なわれています。「天下三名槍」とは、天下に名高く美しい3振の「槍」(やり)のこと。この槍の写しを3振とも同じ刀工が制作し、揃えて所蔵、展示することはこれまでにはないプロジェクト。一体どの刀工(刀匠)にお願いするのかに注目が集まりました。ここでは、天下三名槍 写し制作プロジェクトについて、詳しくご紹介します。

名古屋刀剣ワールド/名古屋刀剣博物館(メーハク)にて「天下三名槍 写し制作プロジェクト」が行なわれています。
「天下三名槍」とは、天下に名高く美しい3振の「槍」(やり)のこと。この槍の写しを3振とも同じ刀工が制作し、揃えて所蔵、展示することはこれまでにはないプロジェクト。一体どの刀工(刀匠)にお願いするのかに注目が集まりました。
ここでは、天下三名槍 写し制作プロジェクトについて、詳しくご紹介します。

天下三名槍 写し制作プロジェクトとは

「写し」とは、本歌(オリジナル作品)を尊敬し、和鉄(玉鋼)を使用して模して制作した本物の日本刀のことです。本歌が優れていればいるほど、写しには高度な技術が必要となります。

天下三名槍 写し制作プロジェクトが立ち上がったのは、2019年(令和元年)7月。名古屋刀剣ワールド/名古屋刀剣博物館(メーハク)にて、刀剣ファンから人気が高い天下三名槍の写しを制作することになったのです。

天下三名槍とは

天下三名槍とは、天下に名高く美しい3振の槍のこと。具体的には、①「日本号」(にほんごう)、② 「御手杵」(おてぎね)、③「蜻蛉切」(とんぼきり)のことを言います。

とは、(なかご)に長いをはめて使用する長柄武器のことです。接近戦で凄まじい殺傷効果があるため、南北朝時代から鉄砲に準じて実戦で使用されてきました。なかでも名高い槍が、天下三名槍と言われる、日本号、御手杵、蜻蛉切なのです。

槍 無銘 (名物:日本号)

槍 無銘 (名物:日本号)

日本号とは、「無銘」(名物:日本号)のこと。江戸時代から、日本号は別名「西の日本号」、御手杵は「東の御手杵」と呼ばれ、双璧をなしました。日本号は無銘ですが、大和国(現在の奈良県)金房派の作と伝わっています。元々は「御物」(ぎょぶつ:皇室の所有品)で、あまりの美しさから、槍なのに「正三位」の位を賜るという快挙を成し遂げた槍。
正親町天皇」から、室町幕府15代将軍「足利義昭」に下賜され、「織田信長」、「豊臣秀吉」、「福島正則」、「母里友信」(もりとものぶ)に伝来しました。特に酒豪を活かして、母里友信が福島正則からこの槍を手に入れた逸話が有名です。

槍 銘 義助作 (号:御手杵)

槍 銘 義助作 (号:御手杵)

これに対して、御手杵は、下総国(現在の千葉県北部と茨木県西部)結城城の城主「結城晴朝」(ゆうきはるとも)が、駿河国嶋田(現在の静岡県島田市)の鍛冶「嶋田義助」に作らせた1振。槍は戦国時代から長大化しましたが、御手杵は全長1丈1尺(約333cm)と桁外れの大きさでした。
ある戦場で、結城晴朝は敵の首級十数個を御手杵に刺して持ち帰るほど大活躍。ある日、真ん中に刺した首だけがボトンと落ちて、その運ぶ様子が杵に見えたことから御手杵と呼ばれるようになったという逸話があります。しかし、1945年(昭和20年)の「東京大空襲」にて焼失しました。

大笹穂槍 銘 藤原正真作
(号:蜻蛉切)

大笹穂槍 銘 藤原正真作(号:蜻蛉切)

蜻蛉切とは、「大笹穂槍 銘 藤原正真作」(号:蜻蛉切)のこと。明治時代になって名槍と言われるようになりました。所持したのは「本多忠勝」です。本多忠勝は、「徳川家康」の重臣で全勝無敗と恐れられた人物。あるとき、本多忠勝がこの蜻蛉切を立てかけておいた際、穂先に止まったトンボが真っ二つに切れたことから、この名前が付きました。
制作したのは、三河国(現在の愛知県東部)の刀工「藤原正真」(ふじわらまさざね)と言われています。

本多忠勝

槍は日本刀の一種ですが、太刀打刀に比べて槍の写し自体が作られることは希少で、とても容易ではありません。そこで、この3振の制作を一体どの刀工にお願いするのが良いのかを考えることが、天下三名槍 写し制作プロジェクトの一番重要なミッションとなったのです。

刀工は上林恒平氏に決定!

上林恒平刀匠
上林恒平刀匠

天下三名槍の3振を制作するにあたって、天下三名槍 写し制作プロジェクトチームが白羽の矢を立てたのが、有名刀匠「上林恒平」(かんばやしつねひら)氏。

上林恒平刀匠は、1949年(昭和24年)生まれ。1973年(昭和48年)に文化庁の作刀認証を受けて以来、数々の賞を獲得しています。相州伝を得意とし、大湾れ(おおのたれ)で覇気のある作風が脚光を浴びました。1985年(昭和60年)に36歳という若さで、現在刀匠の最高位「無鑑査」に選任。2008年(平成20年)、山形県指定の重要無形文化財保持者にも認定されています。

しかも2018年(平成30年)に群馬県前橋市の有志による依頼で、すでに1度天下三名槍のひとつ、御手杵の写しを制作した実績をお持ちでした。

そこで、天下三名槍 写し制作プロジェクトチームは、上林恒平刀匠に天下三名槍の制作を打診。しかも3振すべての制作をお願いしたのです。この結果、上林恒平刀匠はこれを快諾して下さいました。

天下三名槍のすべての写しを同じ刀工が制作し、揃えて所蔵、展示することはこれまでにはない挑戦として大きな話題となっています。こうして天下三名槍 写し制作プロジェクトが始まったのです。

天下三名槍の制作レポート

それぞれの天下三名槍の制作過程をご紹介します。上林恒平刀匠にそれぞれの天下三名槍写しの制作過程と見どころを語って頂きました。