歴女必見!おすすめコンテンツ

歴女に人気の城

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日本のお城は、多くの戦国武将達がその居城として、また合戦の際に拠点としていた場所。「歴女」の皆さんのなかには、自身の好きな戦国武将達にゆかりがあるお城へ実際に赴くことで、遠き日の戦国武将に思いを馳せると言う人もいるのではないでしょうか。このようにお城巡りを趣味としている歴女は、「城ガール」と呼ばれることもあり、近年急増しているのです。そんな城ガールである歴女の皆さんに厳選した5城をご紹介すると共に、お城巡りをする際にぜひ訪れて頂きたい周辺の観光スポットをご説明します。

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刀剣・甲冑展示の城・城郭
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歴女に人気の城「山中城」とおすすめ観光スポット

目を見張るほど美しい障子堀は必見!

山中城

山中城

静岡県三島市にある「山中城」(やまなかじょう)は、「後北条氏」(ごほうじょうし)3代当主「北条氏康」(ほうじょううじやす)により、永禄年間(1558~1570年)頃に築城されました。

北条家」の本拠地「小田原城」(おだわらじょう:神奈川県小田原市)の支城(しじょう:本城を守るため、補助的役割を持っていた砦や出城[でじろ]などのこと)としての役割を担っていたお城です。

しかし、1590年(天正18年)「豊臣秀吉」が侵攻して来た「小田原征伐」において、豊臣秀吉の甥「豊臣秀次」(とよとみひでつぐ)の軍勢による猛攻に遭い、わずか半日で陥落。そのあと、山中城は北条家の滅亡と同時に廃止されてしまったのです。

そして時を経て1973年(昭和48年)、他のお城に類を見ない北条家独自の城郭を遺す(のこす)ことを目的に、山中城跡を公園化するための整備を三島市が開始。石を用いずに土のみで復元された遺構の数々は、全国的に見ても非常に貴重であり、なかでも精巧に作られた「障子堀」(しょうじぼり)は歴女のみならず多くの観光客が美しさに魅了されています。

おすすめ観光スポット:箱根旧街道

箱根旧街道

箱根旧街道

「山中城跡公園」のすぐ横にある「箱根旧街道」は、江戸時代に整備された「五街道」のひとつである「東海道」で、「小田原宿」(おだわらしゅく)から「三島宿」(みしましゅく)を結んだ区間である街道です。

こちらには往時を思わせる石畳が敷かれ、その両サイドには木々が生い茂っており、ウォーキングなどにもぴったりな雰囲気。江戸時代に、東海道を歩いた旅人達の風情を感じられる観光スポットです。

歴女に人気の城「姫路城」とおすすめ観光スポット

堂々たる風格を見せる世界遺産

姫路城

姫路城

兵庫県姫路市にある「姫路城」(ひめじじょう)は、1346年([南朝]正平元年/[北朝]貞和2年)に、美作国(みまさかのくに:現在の岡山県東北部)の守護「赤松貞範」(あかまつさだのり)が築城したお城です。

1580年(天正8年)、城主となった豊臣秀吉が3層の天守を建造し、さらには「関ヶ原の戦い」の戦後に入城した「池田輝政」(いけだてるまさ)により、1601年(慶長6年)から8年の歳月をかけて大規模な改修工事が実施され、広大な城郭が築かれました。現在見られるのが、この池田輝政が手掛けた時の城郭です。

戦国時代の戦乱に巻き込まれることなく、また、「第二次世界大戦」では2度に亘って空襲を受けた際、そのうち1度は天守に直撃しましたが不発弾であったため、奇跡的に焼失を免れています。

このようなことから「不戦の城」と称される姫路城は、何と言っても白漆喰で塗られた美しい城壁が特長。「白鷺城」(はくろじょう/しらさきじょう)とも呼ばれ、1993年(平成5年)に、日本で初めてユネスコの世界文化遺産に登録されたのです。

江戸時代からそのまま現存する天守を始めとして、国宝に指定されている渡櫓(わたりやぐら)、重要文化財である門や塀など様々な遺構を見学することが可能。その数は、日本屈指の多さを誇っており、その貴重な遺構を観るために歴女やお城マニアの人々はもちろん、多くの観光客が訪れています。

おすすめ観光スポット:日本庭園「好古園」

日本庭園「好古園」

日本庭園「好古園」

姫路城と一緒に回って頂きたい観光スポットが、味わいの異なる9つの庭園から成る「好古園」(こうこえん)です。

姫路藩初代藩主「酒井忠恭」(さかいただずみ)によって、同藩に開かれた藩校「好古堂」に因んで(ちなんで)その名称が付けられた好古園は、ドラマ「水戸黄門」や映画「るろうに剣心」などのロケにも使用されている、優雅で趣(おもむき)のある庭園。

こちらをゆったりと散策したあとには、好古園にある茶室「双樹庵」(そうじゅあん)で一服するのがおすすめ。姫路城の天守に向かって造られた茶室にて、和菓子とお抹茶を頂けます。また、「黒田官兵衛」(くろだかんべえ)にゆかりのある「播磨釜」(はりまがま)も展示されているので、戦国武将ファンの歴女の皆さんは、ぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

歴女に人気の城「松本城」とおすすめ観光スポット

漆黒に輝く国宝

松本城

松本城

長野県松本市にある「松本城」(まつもとじょう)は、前述した姫路城と同様に、その天守が国宝に指定されている名城です。

天守の他にも、「月見櫓」(つきみやぐら)や「辰巳附櫓」(たつみつきやぐら)など計5棟の建造物が国宝である松本城は、1504年(文亀4年/永正元年)に「島立[小笠原]貞永」(しまだて[おがさわら]さだなが)が築城した、「深志城」(ふかしじょう)がその前身であったと伝えられています。

松本城は、「小笠原氏」をはじめとして、「松平氏」(まつだいらし)や「堀田氏」(ほったし)、「水野氏」(みずのし)といった諸大名達が、居城としていたお城。そのなかで、1590年(天正18年)に入城した「石川数正」(いしかわかずまさ)・「石川康長」(いしかわやすなが)父子によって手掛けられたのが、現在の松本城で見られる天守です。明治、及び昭和の大修理を経て、今もなお漆黒の城壁が印象的な美しい姿を見せています。

おすすめ観光スポット:松本城下町・中町通り

中町通り

中町通り

松本城の周辺は、往時の城下町の面影を感じられるような町並みに整備されており、様々な順路で散策できます。なかでも、歴女の皆さんにおすすめしたいのが「中町通り」(なかまちどおり)です。

こちらは松本市の市街地の中心あたりにあり、白壁と黒なまこ壁で構成された蔵造りの建物が建ち並び、歩いているだけで江戸時代にタイムスリップした気分を味わえます。

レトロな雰囲気溢れる中町通りには、ほっとひと息つくことができるオシャレなカフェや、松本の民芸品が揃う雑貨店などが軒を連ねており、歴女の皆さんの「女子旅」におすすめな観光スポットです。

歴女に人気の城「竹田城」とおすすめ観光スポット

雲海に浮かぶ神秘的な「天空の城」

竹田城

竹田城

兵庫県朝来市に、現在は城跡として遺されている「竹田城」(たけだじょう)は、標高が357.3mある、「古城山」(こじょうざん)の頂上に築城された山城です。

そのはじまりについては不明な点も多いですが、一説によると室町時代の守護大名であった武将、「山名宗全/山名持豊」(やまなそうぜん/やまなもちとよ)が、1431年(永享3年)頃から築城を開始したと伝えられており、「豊臣秀長」(とよとみひでなが)や「赤松広秀」(あかまつひろひで)などが、歴代城主にその名を連ねています。

竹田城の城郭はもともと、土でできた堤防状の壁、いわゆる「土塁」に囲まれていました。しかし、最後の城主・赤松広秀が行った改修によって、総石垣造(そういしがきづくり)に変えられ、その石垣遺構が現在まで完存しています。南北へ約400m、東西には約100mある縄張(なわばり)の形状が、虎が臥せている(ふせいている)様子に似ていることから、別名「虎臥城」(とらふすじょう/こがじょう)とも呼ばれているのです。

さらには、秋から冬の寒い時期になると発生する朝霧により、雲海に包まれたように見えることから、「日本のマチュピチュ」や「天空の城」などと形容されることもあり、その威容を誇る石垣群を写真に収めようとたくさんの観光客が竹田城を訪れています。

おすすめ観光スポット:史跡・生野銀山

史跡・生野銀山 採掘場を再現した展示

史跡・生野銀山 採掘場を再現した展示

竹田城周辺で外せない観光スポットと言えば、日本有数の銀山であった「生野銀山」(いくのぎんざん)の閉山後、1974年(昭和49年)に観光施設として開業された「史跡・生野銀山」です。

生野銀山では、1542年(天文11年)「山名祐豊/山名宗詮」(やまなすけとよ/やまなそうせん)により、本格的な採掘を開始。

以降、1973年(昭和48年)に閉山されるまでの約400年間、財源となる銀や銅などの鉱物を産出するための重要な鉱山として用いられ、特に戦国時代には「織田信長」や豊臣秀吉、そして「徳川家康」の「戦国三英傑」(せんごくさんえいけつ)の直轄地として重視されていました。

史跡・生野銀山では、実際に使われていた坑道を散策したり、採掘場を見学したりすることが可能。そのなかで目を引くのが、施設内の様々な場所において往年の作業風景を再現している総勢60人のマネキン。

これらは2017年(平成29年)より、「超スーパー地下アイドル」の「GINZAN BOYZ/銀山ボーイズ」(ぎんざんぼーいず)として活動しており、鉱業について楽しく学びたい人達だけではなく、GINZAN BOYZに一目会いたいファン達も訪れています。

歴女に人気の城「犬山城」とおすすめ観光スポット

天下人達の垂涎の的であった名城

犬山城

犬山城

愛知県犬山市にある「犬山城」(いぬやまじょう)は、1537年(天文6年)に、織田信長の叔父「織田信康」(おだのぶやす)が築城した国宝指定のお城です。約60年に亘り、「織田家」の居城であった「木之下城」(きのしたじょう)の城郭を移築して建てられたと伝えられています。

経済や政治の要衝に築かれた犬山城は、1584年(天正12年)に豊臣秀吉軍(西軍)と「織田信雄」(おだのぶかつ)・徳川家康連合軍(東軍)との間で勃発した「小牧・長久手の戦い」(こまき・ながくてのたたかい)では、尾張国(現在の愛知県西部)における西軍の前進拠点となり、1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦い後には、徳川家康側に付いていた「小笠原吉次」(おがさわらよしつぐ)が入城して城主を務めるなど、「三英傑」による奪い合いが繰り返されていた名城です。

そのいちばんの見どころは、1620年(元和6年)の大改修や、平成時代にも2度に亘って部分修理が行われた現存天守。日本国内では松本城や姫路城など、計5城のお城の天守が国宝に指定されており、犬山城の天守もそのひとつ。

「唐破風」(からはふ)や「入母屋破風」(いりもやはふ)の屋根が特長的なこの天守は、築城時にすべて一度に造られたのではなく、何度かの増築を経て高くなっており、このような例は他のお城では見られません。こういったことも、犬山城が歴女の皆さんに人気を博している理由だと言えます。

おすすめ観光スポット:三光稲荷神社

三光稲荷神社

三光稲荷神社

犬山城天守の最上階から見下ろすと、その一帯に広がっているのが江戸時代の町割(まちわり)をそのまま残し、その町並みを再現した犬山城下町。

ここには、古い町屋や「犬山祭り」に用いられる車山を格納した「車山蔵」(やまぐら:国の登録有形文化財に指定)、さらには、犬山の郷土料理が楽しめるレストランやカフェなどがあり、犬山の歴史を肌で感じながら観光を楽しめる場所です。

そんな犬山城下町において歴女の皆さんから高い支持を受けているのが、犬山城の麓(ふもと)にある「三光稲荷神社」(さんこういなりじんじゃ)。

同社は、江戸時代を通じて犬山城の歴代城主を務めた「成瀬氏」(なるせし)の守護神であったと伝えられています。

境内にある「銭洗稲荷神社」(ぜにあらいいなりじんじゃ)には、その御神水でお金を洗うと何倍にもなって返ってくると言う言い伝えのある「銭洗池」(ぜにあらいいけ)があり、金運の上昇を願う多くの観光客が足を運んでいるパワースポットです。

さらに三光稲荷神社において、歴女の皆さんからの高い関心が寄せられているのが、恋愛成就の御利益があるとされている絵馬。いわゆる「SNS映え」しそうな、ハートの形をしたピンク色の絵馬が可愛いと評判を呼び、大勢の女性達が訪れています。