武士道の基礎知識

海外でも受け入れられた日本の武道 - 名古屋刀剣ワールド

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柔道、空手、剣道、合気道、薙刀、古武道など日本が発祥となった武道は日本国内で愛好者が絶えることなく、近代では外国人も虜にしています。オリンピック競技になっている柔道や空手をはじめとし、今や武道を稽古する人は年齢や国籍、人種を問わず世界中に広がっています。多くの人を惹き付ける日本の武道の魅力とは何なのでしょうか。日本の武道の中で世界的にも人気がある柔道や剣道、空手などを取り上げ、その興りや歴史を振り返るとともに、精神性や理念に武士道の精神が反映されている様子を、武士道の根幹を成している精神的な特徴に注目して武道の魅力を探っていきます。

武道の魅力の源流は武士道の精神

武道と武士道の共通項

そもそも武士道とは、「新渡戸稲造」(にとべいなぞう)も著書「武士道」で、武士道は「文字に書かれた掟ではない」と断言しているように、明文化できるような定義はありません。武士道は、武士が真剣に武道に励む日々の中で醸成された価値観であり、「犠牲・礼儀・質素・倹約・尚武などが求められ」「信義・尚武・名誉などを重んずる」など徳高い精神性だとも言えます。多くの武道と武士道が共通しているのは、この高貴な精神性を志している点です。

武道と一口に言っても、その技法や作法は様々。柔道のように道着を着て体術で競うものもあれば、剣道薙刀など道具を用いる武道もあります。しかし、どの武道にも共通しているのは相手を尊重する心や礼儀を重んずるなど武士道にも通じる道徳観や倫理観です。

また、武道の技や精神を身に付けるのに長期の修練を要する点でも武士道と通じています。武道の技を体得することが短期間では到底できないように、武士道の精神も長い年月をかけて培われた成果として現れるものだからです。このように武道の根底にある精神性や性質には武士道が色濃く反映されていると言えます。

現代の武道の興りと精神性

自分も他人も尊重する「柔道」

柔道の原型となった柔術。当時は戦闘のための技術として伝えられていた

柔道の原型となった柔術。当時は戦闘のための技術として伝えられていた

柔道は、1882年(明治15年)に「嘉納治五郎」(かのうじごろう)によって創設されました。1964年(昭和39年)の東京オリンピックで初めて正式競技に採用され、現在では国際的なスポーツとしても認知されています。

創始者である嘉納治五郎は、現代では古武道に位置する天神真楊流柔術(てんじんしんようりゅうじゅうじゅつ)、起倒流柔術(きとうりゅうじゅうじゅつ)を体得し、自らの技術体系を確立させて柔道を創りました。柔術から引き継いだ「柔よく剛を制す」の理論から「心身の力を最も有効に使用する」という柔道の原理へと発展させたのです。

この原理は、「精力善用」(せいりょくぜんよう)へと昇華され、心身を最大限に活かすための気力である精力を、社会や団体の存続や発展に注ぐことを善とします。また柔道の目的は精力善用の原理を普段の生活にも活かし、人間と社会の進歩と発展に貢献する「自他共栄」(じたきょうえい)を目指しました。

現在では、世界の200以上の国と地域が国際柔道連盟に加盟し、稽古に励んでいます。日本柔道連盟にある規約の序文の中には「柔道は精神が身体の動きを制御する、高度な規律に基づくスポーツであり、個々人の教育に寄与するスポーツでもある」との記載も。精力善用と並び、武士道の精神である自らを律する生き方が現代の柔道にも息づいている様子がうかがえます。

柔道チャンネル
日本柔道を応援する東建コーポレーションが柔道に関する様々な情報を紹介します。
嘉納治五郎とオリンピック
東洋人初のオリンピック委員になった嘉納治五郎について紹介します。

人間形成の道を究める「剣道」

剣道

剣道

日本刀を用いた真剣勝負を想起させる剣道もまた、日本が世界に誇る武道のひとつです。

剣道の原点は日本刀の技法を磨く剣術にありますが、現在の形となる源は直心影流(じきしんかげりゅう)の「長沼四郎左衛門国郷」(ながぬましろうざえもんくにさと)が1711~1715年(正徳元年~5年)にかけて防具を開発し、竹刀で打ち合う「打込み稽古法」を確立したことにあります。

この時代には一刀流の「中西忠蔵子武」(つぐたけ)が竹具足式の防具を用いて打込み稽古を始めるなど、防具を使った稽古法が多くの流派に広がり、同時に実力を競う他流試合も盛んになりました。この背景には江戸時代を境に剣術が戦のための技から武士の人格向上を目指す「活人剣」へ変化したことがあります。時代の移り変わりに合わせて、は竹刀へと置き換わり、技の鍛錬は精神の鍛錬へと引き継がれていったのです。

全日本剣道連盟により、1975年(昭和50年)3月20日に制定された剣道の理念にも「剣道は剣の理法の修練による人間形成の道である」とあるように、剣道の竹刀は日本刀の替わりであるものの、本質は武士道の精神である「人格向上」を目指すのだと分かります。現在では、世界剣道選手権大会が開催されるなど世界中で剣道を極めようとする人が増加。精神性の向上を目的とした志は確実に受け継がれています。

自己を高める技法「空手」

日本空手の原型は琉球拳法と言われる

日本空手の原型は琉球拳法と言われる

東京オリンピック(2021年)で正式競技にも採用された空手は、突き、打ち、蹴りなど素手で繰り出す技を中心とする武術です。

空手の起源は諸説ありますが、一般的に興りは14世紀後半から17世紀初頭に琉球(現在の沖縄県)に伝来した唐(中国)の拳法「手」(て)もしくは「唐手」(とうで)がもとになり発展したと考えられています。

当時、琉球は薩摩藩の「禁武政策」(武器禁止令)によって武具の使用が禁止されており、この状況が拳法を発展するのを促したとも言われ、武士の間では秘技として受け継がれていました。

現在のように空手が世界中に広まったのは、「近代空手道の父」と言われる「船越義珍」(ふなこしぎちん)の存在があったからです。1870年(明治3年)に沖縄県那覇市にある武士の家に生まれた船越義珍は、唐手術に入門し、「安里安恒」(あさとあんこう)・「糸洲安恒」(いとすあんこう)先生を長らく師事しました。1922年(大正11年)5月、文部省(現在の文部科学省)主催の第1回古武道体育展覧会に招かれた際は、本土で初めて「琉球拳法・唐手術」の「形」(かた)の演武を披露しています。これ以来、船越義珍は東京に拠点を移し、空手(唐手)の普及に努めました。

また、空手の精神性を象徴する教えも船越義珍によって定められました。その「五箇条の道場訓」とは、「一、人格完成に努むること」「二、誠の道を守ること」「三、努力の精神を養うこと」「四、礼儀を重んずること」「五、血気の勇を戒しむること」という精神性を重んじる内容であり、今では空手の教理とも言えるものになっています。

同じく船越義珍が残した「空手道二十訓」には、一般的にも知られている「二、空手に先手なし」という教訓があります。これは空手に限らず武道は相手を打ち負かすための手段ではなく、自分と向き合うための技法であるという意味が込められた言葉です。これらの理念には相手を尊重し、自分を厳しく律する目的があるのです。この精神は、まさに武士道に通じるものがあります。

現在、世界では約187ヵ国が世界空手連盟に加盟し、愛好者は4,000万人と増大。オリンピックなどの国際大会を機に空手の魅力にふれ、競技を始める人も多く、日々肉体的・精神的な鍛錬が行われています。

武道を支えるのは武士道に通じる精神

武道における表の部分が技や武具の扱い、競技性などだとすれば、それを支える根幹とも言える部分は精神性であることは疑いようがありません。この精神性こそが武士道から受け継がれ、どの武道にも共通している本質と言えます。

日本には、今回取り上げた柔道、剣道、空手の他にも、を連想させる居合術や、合戦で用いられていた技法を受け継ぐ古武術、「オイゲン・ヘリゲル」の著書「弓と禅」で取り上げられた弓道など、魅力的な武道が数多く存在。これらが日本だけに留まらず世界中で受け入れられている大きな理由は、この武士道を源流に持つ勝敗を超越した高貴な精神性があるからではないでしょうか。精神を鍛錬する武道の姿勢は国や性別を問わず、現代の社会でますます必要性が高まっているようにも感じられます。