甲冑(鎧兜)の基本

甲冑の見どころ

文字サイズ

甲冑師によりひとつひとつ丁寧に制作された甲冑(鎧兜)は、現在、精緻な意匠をはじめ、制作技法などの芸術性が評価され、優れた美術工芸品として国内外に認められています。そんな日本式甲冑(鎧兜)には、様々な種類があり、時代ごとに形状が異なるのです。鑑賞する上でのポイントとなる甲冑(鎧兜)の基本素材や、時代ごとの特徴など、甲冑(鎧兜)の見どころをご紹介します。

甲冑(鎧兜)の5つの基本素材

甲冑(鎧兜)を鑑賞する際の見どころのポイントは、甲冑(鎧兜)を構成する5つの基本素材を理解すること。

この5つの基本素材とは、「小札」(こざね)、「韋所」(かわどころ)、「威毛」(おどしげ)、「金具廻」(かなぐまわり)、「金物」(かなもの)を指します。この5つには、甲冑(鎧兜)の実用性と美しさを追求する技巧が凝らされました。

小札

小札

小札

小札とは、5~7cmほどの大きさの、革や鉄を素材とした小さな板のことで、鎧を構成する最も基本的な物。

これを組紐や革などで継ぎ合わせて、草摺など、甲冑(鎧兜)の形を成します。

小札は形状や穴の配置によって本小札伊予札板札の3種類に大別され、小札の表面には補強や防錆、装飾などのために黒漆、朱漆、金箔、銀箔などが塗布されました。

数枚から数十枚、ときには数百枚の小札をずらして重ね、横に連ねて1段の小札板を形成します。なお、本小札と呼ばれる甲冑(鎧兜)は、2,000枚以上の小札を用いて制作されていることも珍しくありません。

韋所

黒漆塗十二間大円山 総覆輪星兜 絵韋貼二枚胴具足
黒漆塗十二間大円山 総覆輪星兜
絵韋貼二枚胴具足

韋所とは、甲冑(鎧兜)の中でも皮革でできた部位のこと。

甲冑(鎧兜)に使用されている韋所は、兜の裏張(うらばり)や浮張(うけばり)、吹返(ふきかえし)の包韋や、胴の肩上(わだかみ)、弦走韋(つるばしりのかわ)、蝙蝠付(こうもりづけ)、裏包韋(うらづつみがわ)、さらに袖の矢摺韋(やずりのかわ)や籠手摺韋(こてずりのかわ)、金具廻に貼り付けられる絵韋などがあります。

これらの韋所は、実用性を重視して付けられた部位と、装飾的な意味を持たせた部位の両方があり、特に華やかで見どころとなるのが、絵韋の付けられた部位。

絵韋は獅子や牡丹、不動明王などの文様を、藍や朱などの色で染め付けた物で、鹿の革が用いられています。絵韋は大鎧胴丸腹巻などの随所に使用されました。

  • 「大鎧」をはじめ、甲冑(鎧兜)に関する基礎知識をご紹介します。

  • 「胴丸鎧」をはじめ、甲冑(鎧兜)に関する基礎知識をご紹介します。

縅毛

縅毛とは、小札を綴じ付けるために用いられた組紐や韋のことを指し、小札を縅毛で綴じ付ける動作のことを、「縅す」(おどす)と言います。甲冑(鎧兜)を制作する際のこの手法は日本独自のもので、日本式甲冑(鎧兜)を鑑賞するときの見どころのひとつです。

縅の手法は大きく分けて、上下の小札を継ぎ合せる「毛立」(けだて)と、毛立を施したあとに札頭から出た縅毛を絡め留める「縅」(からみ)の2種類があります。

なお、これらの手法はさらに分類され、毛立には、小札の表面に隙間なく縅毛を並べた「毛引縅」(けびきおどし)、小札を垂直に並べて縅す手法である「縦取縅」(たてどりおどし)、2本の縅毛を並べてところどころ縅し、その間に縅毛のない手法となる「素懸縅」(すがけおどし)が存在。

縅には縦取縅に対応する「縦取縅」(たてどりがらみ)、毛引縅に対応する「縄目縅」(なわめがらみ)、素懸縅に対応する「菱綴」(ひしとじ)などの種類が存在するのです。

縅の手法

縅の手法

縅毛の種類も3つに大別ができ、絹糸を組んだ縅毛を「糸縅」、鹿の革を用いた縅毛を「韋縅」、絹織物の緒を用いた縅毛を「綾縅」と呼びます。これらの縅毛を赤や紺、萌黄など様々な色に染色することで甲冑を華やかにし、色を組み合わせることで「沢瀉縅」(おもだかおどし)や「妻取縅」(つまどりおどし)などの模様が作られたりしました。

金具廻

金具廻

金具廻

金具廻とは、小札部分や兜鉢を除いた、鉄や革を素材とする板の部分のこと。

金具廻と呼ばれる物は主に、眉庇(まびさし)、胸板脇板、壺板、鳩尾板(きゅうびのいた)、袖と栴檀(せんだん)の冠板(かんむりのいた)、障子板押付板(おしつけのいた)、杏葉(ぎょうよう)などがあります。

金具廻は体を防護したり、札頭へのあたりを和らげたり、甲冑(鎧兜)の形状を保つなど様々な用途がある部位です。構造は、用途に応じて鉄板を形作り、緒を通す穴や小札を綴じる穴、「鐶」(かん)や「鋲」(びょう)と呼ばれる金物を通す穴などが開けられ、表裏は絵韋や漆で包まれ、覆輪と呼ばれる鍍金加工がなされた金属で縁取りがされていることが一般的とされました。

金物

金物

金物

金物とは、実用と装飾をかねて甲冑(鎧兜)に用いられた、金、銀、銅を素材とする金具のことです。

金物と呼ばれる物は、兜の八幡座(はちまんざ)や篠垂(しのだれ)、地板、桧垣(ひがき)、笠印付鐶(かさじるしつけのかん)、鍬形台に加え、胴の総角付鐶(あげまきつけのかん)、繰締鐶(くくりじめのかん)、据文金物(すえもんかなもの)、袖の笄金物(こうがいかなもの)などが挙げられます。

鋲や鐶と呼ばれることが多く、精緻な技術で制作された金物は、甲冑(鎧兜)の全体にちりばめられ、多くの部位を華やかに装飾したのです。

時代ごとの甲冑(鎧兜)の変化

日本式の甲冑(鎧兜)は、時代と共に変遷する戦法に伴って変化していきました。

甲冑(鎧兜)の見どころのひとつとして、時代ごとに変化する甲冑(鎧兜)の種類が挙げられます。主な甲冑(鎧兜)の種類として、大鎧、胴丸、腹巻、「腹当」、「当世具足」の5つがあり、時代ごとの判別が可能となるのです。

  • 「当世具足①」をはじめ、甲冑(鎧兜)に関する基礎知識をご紹介します。

  • 「当世具足②」をはじめ、甲冑(鎧兜)に関する基礎知識をご紹介します。

  • 「胴丸・腹当・腹巻」をはじめ、甲冑(鎧兜)に関する基礎知識をご紹介します。

平安時代

平安時代は中期ごろに武士が勃興したことで、より日本的な甲冑(鎧兜)が誕生しました。武家風の実用的な側面もありながら、平安時代の貴族社会で花開いた、華やかな「国風文化」の影響を受け、洗練された優美な意匠が用いられたことも特徴とされています。そんな平安時代に用いられた甲冑(鎧兜)が、大鎧と胴丸です。

大鎧

大鎧の見どころは、国風文化の影響を受けた、華やかな見た目。当時の戦法が、1対1で名乗り合って矢を打ち合う「騎射戦」(きしゃせん)が中心であったため、大鎧は、主武器であった矢を馬上で射るための機能性と、矢からの防御に特化した形状の物として制作されました。

そのため、大鎧かどうかは、左右の脇を守る栴檀板と鳩尾板が下げられているか、楯の代わりとなる大きな袖があるかで見分けることができます。なお、草摺の間数も甲冑(鎧兜)を見分けるポイントのひとつで、騎馬戦に特化した大鎧は、前後左右の4間となっているのも特徴です。

胴丸

胴丸は、上級武士が大鎧を着用して騎射戦を行なったのに対し、「徒歩戦」(かちせん)を行なった一般武士用に誕生した甲冑(鎧兜)とされています。

胴丸を見分ける特徴は、胴を右脇で引き合わせる点で、兜や籠手は附属せず、ほとんどは単体で着用されていました。草摺は足さばきを良くするために、4間から8間に増加。また、胴丸は室町時代まで使用され続けたため、押付板や杏葉が付くなど、時代を経るごとの進化も見どころのひとつです。

加えて、兜や袖、臑当佩楯などを増やすことにより、一般兵だけでなく、上級武士の間でも用いられるようになり、凝った意匠の胴丸も誕生しました。

鎌倉時代~室町時代

平安時代後期に起こった、「源平合戦」以降、戦闘の規模が拡大したことにより、上級武士の戦闘に関しても1対1とはいかず、鎌倉時代の甲冑(鎧兜)は、より動きやすい形状の物が発展。このことから胴丸は発展し、腹巻や、より簡素な腹当と呼ばれる防具が登場しました。

腹巻

腹巻は、胴丸と似たような形状をした甲冑(鎧兜)ですが、胴丸が胴の右側面を引き合わせて着用するのに対し、腹巻は胴の背面を引き合わせて着用するところが、胴丸と区別するポイントです。

徒歩戦において実用性を発揮し、胴丸をより簡素化した物であった腹巻は、元々一般兵の物でしたが、胴丸と同様に、兜や頬当、籠手、臑当、佩楯などを完備し、上級武士の間でも着用されるようになりました。このことで、腹巻の縅毛の色が鮮やかになっていったのが、腹巻の見どころのひとつ。

草摺の間数は、元々5間であったものが、室町時代には7間に定着しました。室町時代の腹巻の特徴は、草摺の間数だけでなく、背の引き合わせ部分を防護する背板が登場したところにも見ることができます。

腹当

腹当は腹巻をさらに簡素化した腹部を防護するための物で、甲冑(鎧兜)の中でも最も軽量でコストがかからないことが特徴です。

そのため、下級の一般兵が着用した物でしたが、その軽量さから、上級武士は着物の下に腹当を着用したとされます。

戦国時代以降

全国に戦乱が広まった戦国時代には、籠手や臑当、佩楯などの「小具足」と呼ばれる物を胴と一揃いの専用品とし、体を隙間なく包んだ当世具足と呼ばれる甲冑(鎧兜)が誕生しました。当世具足は槍が主体となる集団戦法や、戦国時代後期に広まった鉄砲を用いた戦闘が増えていったため、これまでの甲冑(鎧兜)よりも頑丈で軽快な動きが求められたのです。

また、戦国時代には従来の小札を1枚ずつ綴じ合わせて制作していた横1段を、板札と呼ばれる1枚の練革や鉄板を用いて制作するなど、作業コストを減らしたものや、南蛮貿易によってもたらされた西洋風の甲冑(鎧兜)「南蛮胴」が流行しました。当世具足の見どころは、胴の種類の豊富さにあります。

南蛮胴の他にも、「最上胴」、「仏胴」、「桶川胴」、「横矧胴」、「縦矧胴」、「雪の下胴」など、様々な物があり、これは、戦国武将達が城下にお抱えの甲冑師を住まわせ、それぞれ特注の甲冑(鎧兜)を制作させたことから広まりました。

当世具足には定まった形式がなく、全国で地方色の強い甲冑(鎧兜)が登場したのです。なお、武将達の思想や信条が表象され、様々な意匠が凝らされた装飾も、当世具足の見どころのひとつと言えます。

兜の鑑賞ポイント

甲冑(鎧兜)の中でも一際目を引く部位が、頭を防護するための兜です。兜の鑑賞ポイントは、その「前立」と、時代による形状の変化。兜も、時代と共にその形状は変化していき、戦国時代末期以降は、変わり兜と呼ばれる奇抜な形状の兜も登場します。

兜の時代の変遷を判断するポイントは、「吹返」(ふきかえし)や「」(しころ)の大きさや、「兜鉢」(かぶとのはち)の形状を観ること。平安時代の兜は戦場の主武器であった弓矢から顔を守るため、吹返や錣が大きく発達しているのが特徴となります。

兜鉢は、「星」と呼ばれる突起の付いた鉄製の物が主流で、平安時代後期から鎌倉時代には、「篠垂」や「獅嚙」(しかみ)などの装飾金物が登場しました。その後、南北朝時代から室町時代にかけては従来の形状の兜鉢から変化し、「筋兜」や、後頭部に膨らみを持たせた「阿古陀形」(あこだなり)の兜が流行したのです。

戦国時代にはさらに兜の形状は多様化し、「頭形兜」(ずなりかぶと)や、「桃形兜」(ももなりかぶと)、その他、前立が兜と一体化した変わり兜が登場します。

なお、兜の中でも特に目立って見どころとなる前立が使われ始めたのは、南北朝時代からのこと。最初期に使われたのは、生命を表す日輪や、不死と再生を表す月輪(がちりん)の前立でした。戦国武将「直江兼続」の「愛」の前立に代表されるように、武士達は、頭を防護するためだけでなく、甲冑(鎧兜)に精神的な意味合いを持たせ、前立に信念や祈りを込めていたのです。

  • 直江兼続のエピソードをはじめ、それに関係する人物や戦い(合戦)をご紹介します。

  • 直江兼続のエピソードや、関連のある刀剣・日本刀をご紹介します。